第1話

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 依頼人が元の場所にいるか分からない。
 それが最大のネックだった。ただでさえ不穏な空気を放っているチェスターだ。もし、案内した先に目当ての人物がいなければその場で殺される。
 ――が、そんなブラッドの心配は結果的に杞憂となった。
 屋敷から一歩出た瞬間に感じる無数の気配。ほぼ完璧に近い形で隠してはあるが、人外である自分にははっきりと複数の何者かがいる事を察知した。そしてそれは背後からついて来ていたファウストとチェスターも同じだったらしい。

「囲まれていますね。爆発が合図だったのでしょうか。巧妙に隠されているとはいえ、こんな大きな屋敷を完全に隠蔽する事は不可能ですからね」
「チェスター」
「はい、ファウスト様」
「屋敷の場所が外部に割れると、アルマトランの住人共々面倒な事になる。一人も逃すな」
「ええ、承知致しました」

 会話を聞いて隠れている事が無意味だと悟ったのだろうか。木の上、茂み、あらゆる所に隠れていた暗殺者達が姿を現した。その数は6。そこそこの人数で押しかけて来た模様。
 その中に見知った顔を発見し、ブラッドは声を上げた。

「お前・・・依頼人!?そうか、俺に報酬を支払うつもりはなかったんだな」

 6人の中の一人。腕を組み、唯一一人だけ口布もしていない暗殺者達の親玉。そんな彼はふん、と鼻を鳴らした。

「下賤な人外風情に払う金など無い。まったく、アルマトランなどという人外共の町でなければ、自分で手を下しているところだ。面倒な所に隠れやがって・・・」
「あ?いつ誰が隠れたと?」
「何だコイツ・・・」

 口を挟んだのはチェスターだった。依頼人の明らかに相手を煽るような発言に腹を立てたのは明白。スルースキルを身につけて欲しいものだ。
 はらはらしながら額に青筋を浮かべている従者の次の発言を待つ。

「一つ勘違いをしているようだが、我々は隠れていたのではない。住みよい場所に住居を構えていただけだ。貴様如きが何人来ようと何の問題はないのだから」
「チェスター」

 はぁ、と小さく溜息を吐いたファウストが宥めるように短く言葉を紡ぐ。恭しく一礼したチェスターは主人に対して薄い笑みを手向けた。

「ご心配なく。もうすでに手は打ってあります」
「おい、お前・・・今度は何を・・・!?」
「ブラッド。お前、人外のくせに人間風情に嘗められて腹は立たないのか?」

 あれ、とブラッドは首を傾げた。チェスターの発言にではない。
 暗い森の中で自分の白い吐息が見えた事だ。馬鹿な、いくら屋外で深夜、しかも森林の中だったとしても気温そのものは15度以上はあるはず。寒い事を知覚した。剥き出しの両腕を擦る。そうしてようやく、暗殺者達も周囲の異変に気付いた。