第1話

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「どうでしょう、ファウスト様。今からその『依頼人』とやらに焼き入れに行きませんか?」

 低い低い声に現実へと引き戻される。声の主は顔こそ笑っているが、その目は爛々と獰猛に輝いていた。従者としてあるまじき短気さではないだろうかチェスター。
 背筋が震え上がるような怒気を孕んでいる上司に対し、部下のエレインは手を叩いて笑っている。こちらはゴリラかチンパンジーのようだった。

「さすが、チェスターさん!元ヤンは伊達じゃないですね!」
「あ?」

 暫くどうするか悩んでいたファウストが軽く溜息を吐いて一つ頷いた。あまり行きたくなさそうに見えるが。

「私、留守番してますけど・・・ブラッドさんはどうしますか?置いて行かれるのもちょっと困りますよぅ」
「外で始末してくる。ここでやると床が汚れるからな」
「ちょ、まっ――」

 言葉と同時に襟首を掴まれた。無理矢理立たされる。冷え切ったその瞳は一応表面上を取り繕っていた怒りを隠しもしていない。まずい、このままじゃ本当に殺されるし、ここを回避しても依頼人に殺される。
 とにかく、依頼人を彼等に抹殺してもらい、且つ上手い事この場から逃げるのが最善手。しかし現実には外へ一歩でも出たその瞬間にチェスターから首を刎ねられそうだ。

「ま、待て待て!案内は要らないのか?お前達、依頼人の顔すら分からないだろ!?」
「命乞いか?だがそれは悪手だぞ。何故なら案内が終わったその途端に、お前の人生も終わる事になるからだ」
「いやいや!そうじゃなきゃ外出たらすぐ殺されるだろうが!お前ちょっと言い方意地が悪いぞ!!」
「生きたいくせにそういう反抗するのか?はいはい、と言っておけばいいものを」

 はぁ、と態とらしい溜息を吐いたエレインが屋敷の主人を見上げる。見上げられた事に気付いたファウストが僅かに顔を下向けた。

「どうしますか、ファウスト様?」
「ふむ・・・言い争いを止めろ」
「寛大な処置でお願いしますよ!ブラッドさん、今日一日私の手伝いしてくれたんですから!」

 意外な味方。どうしても彼の命を助けてください、と言うわけではないが人道的な処置をして欲しいとお願いしてはいるような中途半端なものではあるが無いよりはましだろう。
 一時エレインの顔を見つめていたファウストは一度ゆっくりと瞬きをすると、最終決定にして絶対の決定を下した。

「生かしておこう。その縄も解きなさい。彼には、案内をしてもらわなければならない」
「かしこまりました。・・・チッ、お前、ファウスト様とエレインに感謝しろよ」

 舌打ちしたチェスターが縄にとん、と触れただけでそれは解けた。いったいどんな原理なのか。