第1話

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 目を醒まして一番に目に入ったのは暗殺の為侵入した屋敷の住人達だった。続いて両手両脚を縛り上げられている事にも気付く。外は相変わらず真っ暗だが、眠そうな目を擦る人間の小娘も健在。どうやら気を失ってそう時間は経っていないらしい。
 ――と、ブラッドは現状をある程度把握し、器用に起き上がる。当然自由は無いのでそれ以上どうしようもないのだが、いつまでも芋虫のように地面を這うのは体面上良く無い。

「だから、こいつは暗殺者だか刺客だかそんなのだったというわけなんだ。いい加減聞き分けろ、エレイン。男手が欲しかったのは分かるが別にこいつである必要は無い」
「でも、お婆さんがこの人が私に用事があるって・・・」
「いやいや、話の統合性が取れない話題を出すのは止めて貰いたいのだが」

 チェスターとエレインの会話。声を掛けられる雰囲気でもなければ立場的にも不可能だったので仕方無く耳を傾ける。どうやら人間の小娘・エレインはなかなかに甘い性分らしい。いまいち事態の把握が出来ていないようだ。

「そもそも、ブラッドは自爆しようとしたんだぞ。そんな危険人物、早く処理した方が良いに決まっている」
「自爆!?えぇ、どうしてまたそんな無謀な事をしようとしたんですか・・・?」
「私に聞くな。ファウスト様も疑問に思っておられたくらいだ」

 ――自爆!?
 耳を疑う。誰が自爆だって?俺が?いやいやいや、命は大事にする主義で投げ捨てる気はサラサラないのだが。
 不意に屋敷の主人であるファウストその人と目が合った。まるで庭先に現れる小鳥のように小さく首を傾げた屋敷の主人が朗々と言葉を紡ぐ。言い争っていた従者二人が静まり返った。

「――それで、お前は何故私と心中しようとしたのだ?私にはお前が自分の命を投げ打ってまで恨みがあるようには思えないのだが。そもそも、私とお前に面識は無かっただろう?」

 ――だろうな!だって俺にもそんな理由特に無いし!!俺だって初対面だし!!
 息を吸って吐いて、呼吸を整える。成る程、自爆テロを目論んでいたと思われているのならばチェスターが激怒しているのにも納得出来る。ファウストの部屋に侵入しただけで何の弁解も許されなかったのだ。ここで解答を間違えると今度こそ首が飛ぶ。

「あー、いや別に・・・自爆までするつもりはなかったんだ。その、俺も依頼人に担がれたって事、か・・・?」
「でも、ブラッドさん服を着替えましたよね?何か薄汚れてたんで、洗濯するように言いましたもんね?」

 意外に鋭い指摘をしてきたのはエレインだった。そう、自分は彼女に言われて服を着替え、脱いだ自分の服は洗濯機に突っ込んだ。それは間違い無い。その際、元の服から回収したのは濡れてはいけない電子機器とマッチ、ライターである。本当はマッチ派なのだが、依頼人に貰ったライターをその場で捨てるわけにはいかず、ずるずると今まで所有していたのだ。

「――爆発したのはライターだったぞ」

 ギロリ、鋭い双眸を細めること無く給仕長がそう言った。頭の中で蟠りが解けていくのが分かる。

「ライターは依頼人から貰った。断じて俺の意志や都合で持ち込んだものじゃない。そもそも、俺はマッチを使う派なんだ。俺がポケットからマッチの箱を取り出すの、見てただろ?エレイン」
「・・・えー・・・すいません、ちょっと覚えてないです。うーん・・・どうだったかな・・・」
「おい!そこはちゃんと覚えておけよ!!俺の首が!飛ぶッ!!」

 もういい、とファウストが遮った。彼の発言力は他2人の比にはならない程に強い。そうして、歩く法律のような彼は言い放った。

「お前に我々を巻き込んでの自爆という意識が無かった事は認めよう」

 ――勝訴!!
 ブラッドは心中で小さくガッツポーズした。なお、刺客としての罪が赦されたわけではない事は忘れたままである。