第1話

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 使えると思ったが刺客だった、そんなブラッドを見下ろし、チェスターは嘆息した。どう見たって人間ではないと思っていたがそれにしたって雑魚過ぎる。屋敷を攻略するのにこの程度の刺客を送って来るとは。

「チェスター」
「っ!?」

 音も無く近付いたその人に話し掛けられ、一瞬だけ肩が跳ねる。気配を消して近付くのは止めて貰いたいものだ。決まりの悪い顔をしつつ、振り返って屋敷の主に恭しく一礼を返した。月明かりに照らされる表情からは何を思っているのか分からない。ただ、その視線は倒れたブラッドへと注がれていた。

「事情を説明しなさい。私にも分かるように」
「憤っておられるのですか?」
「いや」

 ファウストの意図を測りかねたまま、チェスターは今まであった事を簡単に説明した。
 ふむ、と屋敷の主は一つ頷く。

「理解した。・・・困ったな、良い奴だったのに」
「良い奴なのではありませんよ、ファウスト様。彼は貴方様の命を狙っていたのです。さぁ、部屋へお戻り下さい。それは私が外でちゃんと始末して来ますから」
「私の部屋はここなのだが」
「・・・ええ、ええ、そうですけれど・・・」

 ブラッドをさっさと運び出し、部屋を元通りにしろという意味だろうか。この調合した薬がいつまで保つか分からないし、出来れば先に刺客を処理してしまいたいが。今ここで彼を解体しても良いのだが、如何せん部屋が汚れる。屋敷内でも生き物の解体ショーなど勘弁だ。血液を綺麗に拭き取るのは骨が折れる。
 チェスター、と主人が再び口を開いた。目を細め、何か困惑したような顔をしている。

「音がする。一定のリズムで」
「音・・・?えーと、どこからです?すいません、私は貴方様に比べると耳があまり良く無いもので」
「ポケット」

 ファウストの指さす先には倒れたブラッドがいる。ではそのポケットを指しているのか。半信半疑ながらも屈んでみると、確かに言う通り一定リズムの音が聞こえてきた。ピッピッピッピ――まるで、そう、タイマーみたいな。
 瞬間、思い浮かべたのは1ヶ月前までやっていたドラマ。エレインがハマって観ていたからよく覚えている。人間界に属する刑事とかいう連中のドラマだ。
 その中に似たような状況が無かったか?
 そうだ――爆発物、時限式爆弾とかの処理をするシーンだ。

「爆発物か――!?」

 果たして、ポケットの中から出て来たのはライターだった。回転式ではなく、蓋のついたそこそこ上等そうな銀色のライター。音は紛れもなくそれから響いている。
 ガラララッ、という音と共に窓が開いた。

「外へ投げ捨てろ。出来るだけ遠くに。いや、私が捨てるべきだろうか」

 触れること無く窓を開け放ったファウストが小さく首を傾げた。ライターに収まる程度の爆弾では恐らく主人に傷一つ付ける事は出来ないだろうが、屋敷と部屋は無事じゃないかもしれない。
 ともあれ、ファウストの申し出を丁重に断ったチェスターはそのままライターを外へ投げ捨てた。小さな銀色が信じられない速度で飛んで行き、すぐに見えなくなる。周囲が集合住宅とかじゃなくて良かったとこの日初めて立地に感謝した。