第1話

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 あまりにも凶暴な言葉と躊躇いの無さに困惑したのを見て取ったのか、最初に動いたのはチェスターの方だった。いつの間にかその手には投擲ナイフを持っている。細い刃の、風の抵抗を受けにくいフォルム。暗器使いとしてはそれがかなり改良を加えられた、殺人的な用途で用いられているとすぐに気付いた。
 月明かりを受けて4本のナイフが煌めく。瞬きの刹那にはそれが放たれた。持っていたナイフで飛来物を叩き落とす。

「ほう、なかなかの動体視力だ」
「そういうお前は、あまり――そう、速くないな」

 賞賛の言葉。それが皮肉に聞こえなくもないが、ブラッド自身が述べた感想はそのままその通りだ。予想していたより全ての行動が遅い。やはり人間だったのか?この、化け物が?
 いや考えるより仕掛けた方が早いだろう。自信満々ではあるが己の能力を過信し、太古から生きる我々人外の存在を軽んじているだけの人間なのかもしれない。だとすると勝ち筋は見えたようなものだが、そう上手くは行かないような気もする。

「どうした?仕掛けて来ないのか?」
「お前、自分の立場分かってないだろ。正直に言って、お前の動きは俺からすれば遅すぎるし、そのナイフは何本投げたって掠りもしないぞ。本当に分かってんのか?」
「ふっふっふ。嘗められたものだが、心配は無用だ。お前がまるで仕掛けて来ないし、私を前に他の考え事をしているようだったから先に手は打たせて貰った。いやはや、実に楽な仕事だな」
「え――」

 瞬間。がくり、と身体の力が抜けた。たまらず床に蹲る。気分が悪いだとか、どこかを怪我しただとかそういうわけではない。ただ唐突に、そう、眠る前の身体の状態に似ている。意識はうっすらとあるのだけれど身体が動かない、そんな状態に。
 音が遠のき、意識がブレる。何なんだ、一体。

「ふむ。効果は上々、改良の余地はありそうだ。が、屋内でしか使えないのがネックだな。さすがに外で散布するのは・・・」

 頭上から声が降ってくる。ただしそれはブラッドに向けられた言葉ではなく、チェスターの自問自答のような響きを孕んでいた。しかし言葉の片鱗からして何かしら毒薬のようなものを使用したらしい事だけを微かに理解した。
 ――そもそも、人外に効く薬なんて本当にあるのか甚だ疑問ではあるが。
 近付いて来たチェスターのもう片方の手に試験管が握られている。科学者なのだろうか。

「さて、明日までにこれを片付けねばならないだろうな」

 辛うじて身体を支えていた両腕を足で払われた。無様に床に転がされる。起き上がる気力は無かった。視界が霞み、だんだんとブラックアウトしていくのが分かる。

「チクショウ・・・」

 どうにか起き上がろうとしたところで『薬』とやらが完全に回ったのか意識が暗転した。