第1話

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「この部屋に何か用かな?ここはお前の部屋ではなく、ファウスト様の部屋なのだが」

 背筋が凍るように低い、怒気を孕んだ言葉。カツン、と革靴が高い音を立てた。ブラッドが入って来たのと同じドアから入り、ご丁寧にドアを閉めてくれたその人物は笑みを浮かべていた。見惚れるくらいに美しい、整いすぎて逆に作り物のような冷笑を。

「何とか言ったらどうだ?私はお前に、この部屋へ来るように指示を出したか?」

 ――チェスター。
 気付けば手を伸ばしたら届く位置にまで迫って来ていた。乾いた空気が口から漏れる。直感的に理解した。このままでは八つ裂きじゃ飽きたらず、間違い無く殺される。
 一歩後退る。距離に意味があるとは思えなかったが本能的にそうせざるを得なかった。
 自身の心を奮い立たせ、握った刃に力を込める。もう口封じに罪悪感、などと言っている場合ではなくなった。今ここで自分が殺されるくらいならば、相手を殺す。所詮は他人の命。自分のそれには代えられない。

「チッ・・・いつから気付いてた?」
「先週は本当に忙しかった。だから、お前が提出した履歴書とやらがゴミ箱にでも眠っているものと思って探してみたが――1枚も見つからなかった。エレインの手前、お前を疑うのは私だって心苦しかったがそれで主に何かあっては事だからな。ファウスト様は私の部屋に移動して頂いたのだ」
「つまり・・・寝る前には気付いてたって事になるな?」
「いつだって良いだろう」

 ――かなりぼかして答えたけど、それってつまり出会った時は本当にバイトだって思ってたんじゃねぇか!
 案外、間抜けな奴なのかなと嘆息する。それとも可愛い部下であるエレインの言葉を頭から否定出来なかったというのか。そういう関係性には見えないが。

「ハァ、私は本来、冥土の土産というものは好きではないのだ。うっかり始末し損ねたら大事だろう?」
「・・・何の話を――」

 言葉は途中で止まった。今まで何故かチェスターと合わなかった視線が、交錯したのだ。唇は三日月型、開かれた双眸は爛々と輝いている。先程までとは打って変わって獰猛な笑みを浮かべた従者を見て足が止まった。
 ――こいつは多分、従者なんかじゃない。この屋敷に居る従者はエレインだけだ。こんな恐ろしい殺気を放つような人物が給仕だなんて正気の沙汰じゃない。
 従者改め狂人、または狂戦士はうざったそうな髪を掻き上げ、こう言った。

「死ね」

 と。