2-1
いったい何なんだここは。全てが上手く行きすぎて逆に不気味だ。
日が暮れた。与えられた自室にて月を見上げていたブラッドは漠然とした不安に襲われていた。あの後、エレインの要領を得ない説明を受け様々な仕事をこなしたが特に疑われている様子も無し、夕食までターゲットと一緒に摂った。自分が言うべき事ではないがこの屋敷大丈夫か。
無駄に良い耳を澄ませ、人の動き回る気配や音が無い事を確認する。暗殺されるような連中には見えなかったが依頼は依頼。情が移る前にさっさと処理した方が賢明だろう。酷い罪悪感に苛まれているが、依頼の質からして失敗すればこちらが消されるのは請け合い。ミスは許されないのだ、絶対に。
自室のドアに張り付き、緩く思考する。
兎にも角にも、あのチェスターとかいう従者は危険そうだ。柔和で穏和なように見えるが、時折見え隠れする人を品定めする視線が鋭すぎる。あの男に躊躇いという言葉は無く、自分が傭兵だと知れば一も二も無く殺しに掛かって来る、そんな雰囲気があった。
それにしてもチェスターはどう見たって人外じゃないし、旧き者ってわけでもなさそうだ。臭いだけなら人間っぽいが纏う雰囲気は歴戦のそれ。得体の知れ無さも相俟って近付きたくはない。
明らかに人間で、しかも要領の悪い小娘のエレインは歯牙に掛ける必要も無い。というか、その外見からして口封じするには多大な罪悪感を背負う事になりそうなので遭遇したくない、というのが正しいだろう。まあ、多少騒いでも起きて来ないだろうが。
最後にターゲットのファウスト。こいつも得体が知れない。恐らく人外の頂点、旧き者と呼ばれる偉種に分類されるだろう。気を抜けば瞬殺される恐れがある。やんごとない存在に狙われていると聞くし、経歴もまずいものが一杯並んでいそうだ。
それにしても、この謎の人選且つ立地には意味があるのだろうか。見た感じ、まるで統一感の無い集団だ。目的も一切不明。
「・・・はぁ、グダグダしてないで行くか・・・」
色々な疑問が脳裏を掠めるも、それを追求する立場ではない。下手な事に首は突っ込みたくないし、依頼だけ淡々とこなせば問題無いだろう。
意を決し、部屋から出る。夜の冷えた空気が頬を撫でた。さすがは森の中だ、薄ら寒い。上着が必要な程に。
ファウストの部屋はチェスターとエレインの部屋の間の部屋だ。実にアットホームな部屋の配置である。普通なら使用人と主人は部屋の位置が真逆にあったり、とても横並びにはしないのだが。
「ここか・・・もう後には引けねぇな」
ノブに手を掛ける。鍵は無いらしく、そのノブはあっさりと回った。どくり、と心臓が嫌な音を立てる。
右手をポケットに突っ込み、小さな折りたたみナイフを取り出した。足音と息を殺し、部屋の中へ。静まり返った小さな部屋に自身の心音が響いてしまわないか気が気じゃなかった。
抜き足差し足、忍び足。
ベッドに近付く。床に落としていた視線を、眠っている標的に合わせた――
「何・・・?」
――何も無い、いない。
平坦なシーツの流れを見て目を細める。部屋はもぬけの殻だった。それの意味することは、即ち――
バタン、ドアの閉まる音がした。ひゅっ、と息を吸い込み跳ねるように振り返る。