第1話

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 傭兵業、と言えばやる事はピンキリ。決まっている事と言えば専門的知識の無い荒事、或いは力仕事なんかだ。報酬の振れ幅が広いので慣れないうちは知らず足下を見た報酬額でそこそこ生活難に陥ったものだ。
 この生活を始めて10年以上が経っているが、それでも今回のような依頼――暗殺業は片手で数えられるくらいしか受けた事が無い。と言うのも要人の暗殺はどうしても足が着く。本当は手を着けるべきじゃなかったのだろうが、報酬に目が眩んだのは確かだ。いつも受けている依頼より、ゼロが2つも多い。これをこなしさえすれば今年は遊んで暮らせるだろう。
 自分を無理矢理納得させたブラッドは目の前に広がる町を見た。
 名前はアルマトラン。人間にはあまり知られていないが、人外、及び人外の血が混じった者にとっては有名な地である。ここには人間が一人も住んでいない。行き交う人々は皆、異様な空気を放つ人外ばかりだ。
 同時に依頼主の意図についても把握した。ブラッドは混血である、それが理由なのだろう。この町に溶け込む第一条件は人外であることなのだから。
 ご丁寧にまとめられた書類に目を落とす。ターゲットの個人情報からその他、周りにいる人物の詳細なデータ。依頼を受けた瞬間これを渡されて「あ、これヤバい方の依頼だ」、と直感的にそう思ったのは鮮明に憶えている。今までいくら暗殺依頼であろうと依頼人側がデータを用意していた事は無いからだ。
 この中の一人。写真でも分かる美貌の男こそが今回のターゲットだ。何でも、アルマトラン郊外にある屋敷の主人らしい。

「・・・お」

 不意に何となく顔を上げたその時だった。たなびくエプロンドレス、この辺りでは見掛けない真っ黒な髪に同じ色をした瞳の少女が目の前を通り過ぎて行った。
 ――屋敷内唯一の人間にして恐らくはアルマトランを自由に出来る数少ない人間の一人。屋敷のメイドであるエレイン。
 その手には大きな紙袋を持っている。臭いからして食糧の買い出しに間違い無い。最悪3日くらいは張り込むつもりだったが運が良い。このまま彼女の後を尾けて屋敷まで案内してもらおう。
 見失わないようにその背を捕らえ、物陰から飛び出そうとした、その時だった。
 ポン、と肩に手を掛けられたのは。
 ぎょっとして背後を振り返る。

「・・・え、何か・・・?」

 何故かにこにこ笑顔のお婆さんが立っていた。と言ってもここにいるという事は人外。見た目以上に高齢だろう。

「あんた、さっきからずーっとエレインちゃんの事見てただろ?」

 ――気付かれている!?さすがはアルマトラン・・・視線には殊更敏感だな・・・!
 あまり近隣住民に被害を出したくはなかったが、この際仕方無い。見咎められた以上、口封じするしか――

「エレインちゃんに何か用事があるんだろう?あの子は良い子だからね、お遣い中みたいだけど、きっと話くらい聞いてくれるさ。ちょっと待っていなさい、おばあちゃんが呼んで来てあげるからねぇ」
「えっ!?いや、ちょ、まっ――」

 こちらの話を一切聞かないで一方的にそう言ったお婆さんはその見た目からはあり得ない速度でエレインの背を追って行った。え、本当に何なんだこれ。