第1話

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 程なくしてお婆さんはエレインを連れて戻って来た。年端もいかない人間の小娘は事情を知らないのか僅かに首を傾げている。その両腕には紙袋を3つも持っていた。

「エレインちゃん、この人があなたに用事があるって――」
「用事、ですか?チェスターさんからは何も聞いてませんけど・・・」

 メイドと目が合う。その顔にはありありと「え、誰だこの人?」と書かれているようで頭を抱えたくなった。もういっそ、この場で二人とも締め上げてメイドには屋敷の場所を聞けば早いのではないだろうか。いや、むしろ彼女を人質に捕ってターゲットを誘き出す?まさか使用人の為に屋敷の主が出て来るはずもないか。
 ぱちん、乾いた音で我に返る。音の発生源はエレインだった。何故か合点のいったような顔をし、手を打ったのである。

「あー!分かった!分かっちゃいましたよ!あれでしょう?バイトの求人見て来たんですよね!?」
「は・・・?」
「お屋敷って変な所に建ってるから見つけにくいですもんね!でも大丈夫!先輩である私がちゃんとお家まで案内しますから!」

 ――いやバイトじゃない!
 喉元まで出掛かった言葉を呑み込む。何を勝手に勘違いしているかは知らないが、これなら苦労せず屋敷に辿り着けそうだ。もう勘違いさせておこう、そうしよう。罠かもしれないが、彼女にそんな事を考えられる程脳の容量があるとは思えないし本気で勘違いしているのだろう。

「とっとと屋敷へ案内してくれ。・・・それ、重いだろ。持つよ」
「わぁ、頼もしい人だなぁ。じゃあ、お願いします。あ、結構重いし生ものなんで注意してくださいね!」

 重そうな紙袋に手を伸ばす。よくもまあ女の子にこんな重そうなおつかいを頼むものだ。男手が必要なレベルじゃないのかこれ。
 荷物を受け取る。はたしてそれはエレインが言う通り予想以上の重さだった。一瞬だけ両腕が沈む。あまりにもメイドが軽々と抱えていたので見た目程重くないと思っていたのだが見た目以上の重さだ。よくも今までこれを抱えていたものだと感心すら覚える。

「じゃあ、行きましょう。こっちですよ!迷わないように気を付けてくださいね」
「ああ・・・」

 ***

「さぁ、到着です!遠慮なく上がってくださいね」

 古びてはいるが手入れの行き届いた大きな屋敷。確かここへ着く10分前くらいに「敷地内には入った」、とメイドが言っていた気がする。屋敷だけではなく土地も広大らしい。それにしても資料によれば家の主人と従者2人しか住んでいないらしいが、数十人はいっぺんに泊まれそうな屋敷だ。空間が勿体ない気もする。
 エレインの後に続き中に入る。当然の事ながら生き物の気配は無い。まだ昼間だし、皆出払っているのだろうか。

「荷物はこの辺りに置いててください」
「ああ。ここは・・・キッチンか?」
「なかなかお洒落でしょ?」
「さぁ、そう言われてもピンと来ない」

 普通の家にあるような普通の台所。炊事場からリビングが見えるような仕様が屋敷からは想像出来なくて困惑する。言うなればそう、屋敷のこの部分だけが現代的なリビングに改造されているような違和感。

「あ!えーと、あなたに――」
「ブラッドだ」
「ああ、はい。あれ?そういえばブラッドさん、私の名前知ってましたよね?」
「えっ・・・!?あ、ああ、バイトのあれに・・・」
「もう、チェスターさんってば私の名前勝手に使って!後で文句言ってやる!!」

 ――この子、脳内お花畑なのかな。
 ちょろすぎる思考回路に先行きの不安を感じる。この屋敷、こんな小娘雇ってて大丈夫なのだろうか。