3話 戦いに興じる者

05.作戦会議


 結果的に言えば、翡翠の発言は前者でもあり後者でもあった。言葉の続きを待つ真白に、微笑みを浮かべた彼はこう答えたからだ。

「紫黒が私に教えた情報と、私の知識に基づく憶測の話となるがいいかな?」
「まあ、一応聞こうかな」
「何故ちょっと上から目線なんだい? まあいいけれど。ところで君は死霊山に張り巡らされている結界を破壊したね?」
「うん」
「あの結界は死霊山の山頂裏手にある輪点から汲み上げた膨大な輪力でその形を維持している」
「ふむふむ」
「君が先程、結界を破壊した後。紫黒はまだ結界を張り直していない訳なのだよ。では、汲み上げられ続けている輪力はどうなっているか? それがつまりは、奴の超回復の一助となっている可能性が高いと思わないかい?」

 ゆっくりと翡翠の情報を噛み砕いていく。そんな事、果たして可能なのだろうか。突拍子の無い話に聞こえるが――
 真白はビシッと右手を挙げた。

「ちょっと作戦タイムー!! 1分だけ待ってね!」
「なに?」

 如何にも考え込んでいます、とアピールするかのように目を閉じる。実際は月白へ相談をしたかっただけなのだが、何も視えていない翡翠の前で虚空を見つめ硬直するという所業は頭の具合を疑われかねない。
 翡翠の視線をひしひしと感じながら、脳内で月白に語りかける。彼女はいち早く相談相手になってくれるつもりがあったのか、すぐに返答があった。

『ぶっちゃけ、翡翠の言ってる事どう? つまり、結界維持に使ってた輪力を超回復の機能に回してるって事だよね? そんな事、出来るの?』
「出来るとも、出来ぬとも言えんな。輪力は純粋な力。謂わば水のようなもので、あらゆる形の容器にそのままの形状で収まる事が出来るもの。その原理を応用すれば、紫黒のようにほぼ不死のような力を手に入れるのも可能やもしれぬ」
『出来る可能性あり、って事か』
「そうよな。ただし、当然そういった力には膨大な輪力が必要よ。何度も傷付け、殺害を繰り返せばいずれは紫黒も討ち果たす事は出来よう。だが、死霊山の輪点を枯らしてしまう事になる……」
『エネルギー枯渇問題は恐いからね。自然環境の為にも、山の輪力を枯渇させるのはマズいって事でオッケー?』
「うむ、おっけーであるぞ。妾としては紫黒より先に、輪力を汲み上げているらしい装置を破壊すべきだと思うが」
『なるほどね。了解了解っと』

 結論は出た。目を開けた真白は翡翠に視線を送る。

「考え事は済んだかい?」
「済んだ。先に輪力を汲み上げている装置を破壊してしまおう。後は紫黒自身が持っている輪力が無くなるまで戦い続ければその内勝てるよね」
「考えている時間は無駄ではなかったようだ。何よりだよ。では、どうしようか? イキガミ殿?」

 どうするかは決まっている。紫黒がそんな重要な装置を、敵対者達に触らせるとは到底思えない。だが何とも幸運な事に、今は人手が2つに増えた。それを利用しない手は無いだろう。

「私が囮になって紫黒を足止めしておくから、翡翠はその装置って奴を壊してきてよ。あ、勿論終わったらちゃんと戻って来てよ」
「堅実な策だね。だが、その役割は逆にしよう。私が囮役を仕ろうか」
「いや、無理でしょ。死ぬって……命は大事にしなよ?」
「凄いな君、決して私より強いはずではないのによくそんな事が言えたな……」

 ――いやアンタが紫黒に向かって行くのが完全に無謀だわ。
 これ以上は水掛け論になるのでぐっとその言葉を呑込む。まず第一に、イキガミである自分は勝つ事が出来なくとも、負ける事も無い。そうやすやすとは死なない事が分かるし、一瞬だけ戦ってみた紫黒。奴に殺されるビジョンも特に湧かない。

 ともあれ、と翡翠が胡散臭い笑みを浮かべる。

「まあ囮は私に任せなさい。まさか仰ぐべき神に囮などという雑多な役割を押し付ける訳にはいかないからね」
「え? 最初、私に襲い掛かってきたよね?」
「その汚名を返上したいのだよ」

 絶対にそんな事思っていないだろうな、と確信できる。何て胡散臭い男だ。一言たりとも信用に価しないなど、ある種才能である。
 案の定、半眼になった月白がぼそりと呟く。

「其奴はもう囮で良いのではないか? 最悪、いなくなっても何ら痛手を受けないところとかが囮にピッタリではないか?」
『言い過ぎなんだよなあ……』