3話 戦いに興じる者

02.ご本人様


 わらわら、と出て来たマレビト達の数は驚くべきものだった。山を登っている間、チラチラと遭遇した警備らしき連中は数体で1セットだったが、今目の前には十数体マレビトの姿を確認出来る。
 恐らく、紫黒が待ち構える山頂が近くなったせいだろう。着実に前へ進んでいるようで何より――

「んん……?」

 作戦もクソも無く、ただ分担してマレビトの処理にあたっていたその時だった。
 ぞわり、と背筋を這うような怖気を覚え思わず二の腕を擦る。例えるなら眠る直前にマジで怖い怪談話を思い出した時のような気持ちだろうか。
 翡翠に何かいるのか確認しようにも、混戦状態で離れた所にいるので声を掛ける事すらままならない。

『――月白。月白!? ちょっと? どこ?』
「そう呼ばずとも、近くにおる」

 良く無い予感が胸中を渦巻いている。手持ち無沙汰の女神を呼べば、どこへ行っていたのかひらりと目の前に姿を現した。
 月白に話し掛けようにも、マレビトが突進して来たので剣の一振りで粉砕する。まだまだ結界飯は尽きないので、身体中が元気一杯である。

『あのさ、何かこう、何かいない?』
「随分ザックリした問い掛けよな。恐ろしい気配がした故、妾も発生源を確かめて来たぞ。後から加わって来た男が間違いなく紫黒だ」
『男? マレビトに性別って概念があるとは思えないんだけど……。え、マズい、人型?』
「そうだな。妾の創った、神使に近い存在やもしれぬ」

 ――えええええ、人型かあ……。
 考え込みながら、走って来た巨大な二頭身マレビトの首を刎ねる。それはすぐに塵と化して大気に溶け消えた。
 薄々予想はしていたが、人型をしているのであればトドメを刺せないかもしれない。であれば、どうにかしてやはり物理でも何でも話し合いを成立させなければ。

 粗方、マレビトの群れが片付いたところで、残っていた雑魚マレビト達が唐突に撤退を始めた。追おうと思ったが、撤退を始める化け物の隙間を縫うように現れた男のせいで追撃戦は出来なかった。

 ヤツは非常に大柄だった。身長はかなり高いのに高下駄まで履いているので、見上げる程に背が高い。しかもかなりの筋肉量だ。黒い長髪を無造作に垂らし、瞳は紫水晶のようにギラギラと強烈な光を宿している。
 間違いない。間違いなく彼がマレビト達の大将、紫黒だが――

「思ってたのの3倍ゴツい……」

 思わずそう口走ってしまった。紫水晶の双眸が真白を捉えるが、間抜けな発言は聞かなかった事にするつもりのようで、反応はまるで無かった。
 そんな死霊山のボスは目を細め、ニヤニヤと嘲りを含むような笑みを浮かべた。視線の先には翡翠がいる。

「貴様ァ……また裏切ったのか? 俺の記憶が正しければ、結界を破壊した馬鹿を始末して来いと命じたはずだが?」
「いやあ、やはり私も神使だからね。基本的には界の味方なのさ。勝ちが見える子が来てしまったから、乗り換えをしたまでだよ」
「なるほど死にたいらしいな?」
「どうどう。落ち着いておくれよ。貴殿だって良い乗り物があったらそちらに乗るだろう?」
「……殺す!!」

 ――私そっちのけで戦闘始まっちゃった!!
 あっはっは、と朗らかな笑い声を上げる翡翠は既に逃げの姿勢に入っている。どう見ても真正面から戦う気など無い。
 いやそもそも、暢気に観戦している場合では無いだろう。手助けしに行かなければ。
 翡翠があっちこっちへ逃げ回るのを囮にし、術を紡ぐ。紫黒はどう見ても脳筋戦法が得意そうなので、こちらは遠距離攻撃で削っていこうと思う。

「わー、助けてくれ真白ー」
「ちょ! 大人しく囮しててよ……!!」

 翡翠がわざとらしく上げた悲鳴というか、敵の擦り付けという動きで、はたと紫黒の足が止まる。胡乱げな視線がこちらへ向き、そしてそのまま翡翠へと戻って行った。どうやら真白の事を歯牙にも掛けていないようだ。

「ええ? 無視??」
「貴様は弱そうだ。さっさと失せろ、小娘が!!」
「ううん……。やっぱり見た目って大事なのかな」

 術が完成した。先程、翡翠囮大作戦の時に打ち上げ花火にすら出来なかった例の術だ。人に向けて撃つ威力ではないが、相手が強そうだし避けそうなので大丈夫だろう。多分。
 ギリギリまで引き絞った弓を放すように編んだ術を解放する。キラッと一瞬だけ流れ星のように輝いたそれは、まさに流れ星そのものかと思うような速度で紫黒へと飛来した。
 苛立ったように舌打ちした紫黒が、それを左手で振り払う――

「あ」

 小さな小さな悲鳴は誰のものだったか。見た目に反して威力の高いその術は、紫黒の左腕を簡単に跳ね飛ばした。切り離された腕は地面に転がる前に、雑魚マレビトと同様に塵芥となって消え失せる。
 しん、とその場が静まり返った。