3話 戦いに興じる者

01.紫黒という人物


「あとどのくらいで着くの?」

 もうずっと山を登っている。その事実に気付いた真白は退屈さに耐えかねて、前を歩く翡翠へと声を掛けた。流石に半刻も歩いていれば互いに話題は尽きてしまうもので、非常に暇だ。

「もう少し掛かるね。山頂に陣取っているから」
「どうしてボス格ってダンジョンの一番奥とか、山の上とかに構えるのかな? 交通の便とか絶対に悪いじゃん。平地に陣取れよ、平地に」
「おや、口が悪くなってしまったようだ。その苛立ちは、彼等にぶつけるといい」

 あ、と声を上げる。ガサガサと音を立てて現れたのは、意思もへったくれも無さそうなマレビトの一団だった。ざっと見て7体。討伐に時間が掛かれば仲間を呼ばれるので、倍の数くらいには増えそうだ。
 しかし、ここで歩く以外の行動を取れる事に真白は飛び上がって喜んだ。ずっとテスト勉強をしていた折、外へ遊びに行く事になったようなテンションである。

「やった! はいはいはい! 作戦立てよう、作戦! 私が術編むから、翡翠は囮ね!!」
「了解。一網打尽にしておくれよ」

 それまで黙っていた月白がピタリと隣に張り付いてきた。翡翠から不審に思われないよう、視線は固定したままで女神様に話し掛ける。

『どうかしたの? 月白』
「うむ。翡翠の奴が裏切るやもしれぬので、妾が行動を監視しておこうかと。其方は安心して術を紡ぐと良い」
『そういやそうだったわ。よろしく月白』

 ――でも術編んでる間に、翡翠が決着しちゃいそうだな……。
 もの凄い勢いで雑魚マレビトを薙ぎ払う翡翠の背。完全に囮の動きではないし、何なら敵を殲滅せしめる動きだ。早く動かなければ、ただ見ているだけになってしまう。

 ***

 結果として。やっぱり術を作っている間に、翡翠がマレビトを7体とも討取ってしまった。

「ああ……。私の術がただの花火に……」
「いや打ち上げないでくれるかい? 紫黒に私達がどこにいるのか、筒抜けになってしまうだろう。その術は勿体ないけれど、取り消してくれ」
「ド正論……」

 仕方無いので、術は取り消した。放出されそうだった輪力が、体内に戻ってくるのが分かる。分かったからどうという事は無いのだが。
 というか、先程までマレビト側だった翡翠も問答無用で襲われていたようだが、既に彼が寝返った事は紫黒も知る所なのだろうか。流石に疑問のサイズが大きすぎたので、本人に確認する。

「翡翠、さっきまでアイツ等と仲間だったんだよね? 思いっ切り襲われてたけど……」
「はははは。実はかなり前から、紫黒と連絡が付かないな。私はどうやら、信用されていないらしい」
「いや、私もあんまり信用してないけども」
「これは手厳しい」

 どうやらマレビトの大将その人も、翡翠の信用のならなさは理解しているようだ。可哀相だが、全く同情の気持ちが湧いて来ないのも事実。これが人徳というやつなのかもしれない。
 これにはずっと翡翠を疑っている月白も苦笑を隠せないようだ。隣に並んだ彼女は困惑した顔で呟く。

「此奴、連れていて大丈夫か?」
『それは私も思ってるけど、ほら、人手が足りないからさ。致し方ない』
「適当過ぎるだろう」

 翡翠の信用の無さを再確認すると同時、紫黒から僅かに見えた人間味には俄然興味が湧いてきた。ここまでの話から紫黒その人にはハッキリと自我があるのがよく分かるからだ。
 興味本位、その言葉そのままに歩みを再開した翡翠に訊ねる。

「ねえ、その紫黒って人、弱点とかは無いの?」
「弱点。そうだね、全く思い付かないが……」
「そうだよね、信用無いもんね。じゃあさ、どんな性格なの?」
「一言で表すならば、戦闘狂に尽きるな。頭は決して悪くないのだが、強者を前にすると唐突に脳筋思考になる。そんな男だよ。殴り合いをこよなく愛していると言っていい」
「ほうほう。話し合いより、物理を望む奴なんだね?」
「まさかとは思うが、話し合いで解決しようとしているのかい? 無理だと思うがね……」
「相手の話し合い方法に合わせるよ。拳で殴り合いたいって言うならそれでも」
「そ、そうか。まあ、ぶん殴って這い蹲らせてからであれば、話くらいは聞いてくれるかもしれないね。戦闘は本能のままに愉しむべきものだと、彼は思っているようだし」
「なるほどなるほど。ぶん殴った後は冷静になる、と」
「さあ、どうだろう。まだ私は彼が敗北しているところを見た事が無い。保証は致しかねるよ」

 結構、ピンポイントな情報を頂いてしまった。更にもう一つ訊ねたい事があったので、そのまま口にする。

「あ、あとさ。多分無理だとは思うんだけど、闇討ちとかは……」
「連絡がつかないと、さっき言ったのだが」
「そうだったわ。割と使えないなあ」
「悪かったね」

 隣に立つ月白もそうだろうな、と至極納得したように頷いている。
 ――と、不意に翡翠が足を止めた。

「二戦目かな、マレビトの気配だ」
「よく分かるね、そんなの。私は前に習ったけれど、やっぱりよく分からないよ」
「がさつそうだものね、君」
「怒るよ?」