2話 最初の仲間

09.雇用形態


 ***

 再び山を登る作業が再開される。少し前と違う事はと言えば、スーパー裏切り野郎の翡翠が仲間として加わった事により、目的地がハッキリした事くらいか。尤も、彼が裏切りからの裏切りという通常の思考であれば心が痛む所業をやってのければの話だが。
 そんな翡翠はノロノロと歩きながら言葉を紡ぐ。一瞬たりとも黙っていられないタイプのようだ。

「分からない事があれば、何でも聞いておくれよ」
「さっき、紫黒って人が大将だって話だったよね?」
「そうだね」
「マレビトを操ったり出来るの? ちゃんと意思の疎通は可能?」
「そうだね。マレビトを操るし、会話を試みようと思えば会話は可能だ。ただまあ、彼が君と込み入った話をしたがるとは思えないけれど」
「その心は?」
「私も彼の参加へ入るのには苦労してね。脳筋野郎なんだよ。会話はしない、そんな存在さ」

 そんな相手へ取り入った翡翠もただ者では無い気がする。いずれにせよ、話し合いによる戦闘回避は無理そうだ。

「どうして翡翠は神使なのに紫黒に手を貸していたの?」
「うん、なかなかにこう、答え辛い質問だね。いやはや、実は私は紫黒に寝返るまで別の組織に所属していたんだ」
「えっ? その前の所属はどうしたの?」
「裏切った」
「ええー。うちで何か起きたらすべからく翡翠のせいにするから……」
「まあ、紫黒に付いていた理由は勝ち目がありそうだったから、だよ」
「クズぅ……」

 どういう精神状態でそういう思考に至ったのかがまず分からない。ただ分かるのは、彼は裏切り性があり、気を抜くと恐らく真白の事も裏切るだろう。それだけだ。やっぱり浮気と裏切りは癖が付く、そんな人物例である。

「えーっと、聞くのが恐いんだけど。私と出会った時、私が弱かったら普通にあの場で殺されてたって事?」
「ご明察通り。まさかこんな大騒ぎする小娘に変な力があるとは思わなかったよ。生き物とは見た目に寄らないね」
「なんでちょっと楽しげなんでしょうか」
「面白い玩具を発見したら、君だって少しくらい浮かれるだろう?」

 ――おい、天下のイキガミ様だぞ!
 心中で顔を引き攣らせながら、広い背中を睨み付ける。この世界に来てから類を見ない雑な扱われ方だ。成る程、これが只人の目線。
 刺々しい息を肺から吐き出した真白は頭を振る。

「……取り敢えず、裏切る前にはちゃんと報告してね。うちはぎっちぎちのシフト制予定なんだから」
「うん? 何だかよく分からないが、事前申告が必要という事かい?」
「そうそう。人手明らかに足りてないんだから頼むよホント」
「あっはっは。君は面白い子だねえ」

 心が欠片も籠もっていない勝算を受けながら米神を引き攣らせる。近いうちに裏切られそうなので、もっと仲間を雇用しなければ。あれ、そういえば働いて貰うにあたり給与とか差し上げる必要があるのか? だとしたら金はない。信仰というプライスレスな物は一応持っているが、金そのものはない。詰んだ。

 そうだ、という明るい翡翠の声で現実へ引き戻される。彼のせいで異世界から更に別の精神世界へトリップしてしまうところだった。

「私から君にも訊きたい事があるのだが」
「あ、全面的に信用ならないので紫黒討伐後だったら」
「凄いな、良い度胸だよ、本当」
「自己紹介かな? やった事は自分に戻ってくるものだよ、翡翠」
「心当たりだらけだなあ。まあいい、お楽しみは後でだねえ」

 何かもう、いっそ戦闘中より疲れた。流石、華麗な戦闘スタイルを披露しただけあって翡翠は疲れている様子が無い。山を登りながら、これだけ会話に花が咲かせられるなら一級品の体力だ。