2話 最初の仲間

08.翡翠の申し出


 しかし、これで翡翠と戦わなくて良くなった。あの化け物と形容して差し支えないマレビトを斬り捨てるのならばまだしも、しっかり人型をして会話が出来る相手を刀の錆びにする事は出来ない。力量の問題ではなく、精神面の話でだ。
 これ幸いと刀を納めた真白を見て、翡翠が笑う。

「ここで私の首を撥ねないあたり、君は心が優しすぎる人物のようだ。さては人型をした者は斬れないと見た」
「ノーコメントで」
「うん?」

 やり取りを観戦していた月白が眉根を寄せる。「何だ此奴は……」、という独り言まで聞こえた。確かに難解な性格をしていらっしゃるようだ。
 そんな女神様の独り言は当然聞こえていない翡翠が一層笑みを深くした。パーソナルスペースを守っているのか、こちらへは近寄って来ないが上から下まで品定めでもするかのように視線が行き来する。が、これが彼の不思議な所で何故か不快感はあまり無かった。見ているようで何も見ていないのかもしれない。

「君は私の知る、どの生物とも違う生物のようだ」
「はあ……」
「そこで提案なのだがね、私をお供として連れて行かないかい? 独りでは退屈するだろう? 戦闘面でも役立つし、何より退屈させないと誓おう。悪い話ではないと思うのだがね」
「いや悪い話しかないわ! さっきまで、私と、あなた! 殺し合いやってたよね!?」
「大変申し訳ない事をした。実はこの先にいるマレビトの大将――紫黒という男に人質を取られているんだ。それで仕方無く、という事さ」
「はい、絶対に嘘! どうしてすぐ分かる嘘を吐くかなあ!」
「駄目か」

 息をするように割と盛大な嘘を吐く目の前の男。はっきりと戦慄を覚えた。今まで生きてきて周辺には居ない人物だ。一周回ってサイコパスかもしれない。

 しかし、ここで頭の冷静な部分が冷静に打算を弾き出す。
 まずそもそも、仲間は欲しい。戦闘で役に立つのなら尚更。何せ、皮肉にも翡翠との戦いで分かったが、負けないという事は勝てるという事ではない。負けない、死なないだけであって必ずしも勝っている訳ではないのだ。
 先程の泥仕合になりかけた戦闘もそう。先に翡翠が音を上げた為、あの短時間で事態の収束を見る事が出来た。彼が勝ちに執着していなかったのも一つの助けだろう。だが、相手も負けられない状況であったのなら? 膨大な時間と体力を消費したに違いない。
 そんな時に活躍するのが手の空いた仲間だ。2対1ならば時間を短縮出来る可能性が高い。つまり、勝率を上げる事に直結する。

 そしてもう一つ。マレビトの大将・紫黒の事を翡翠が知っているという事。翡翠に何の思惑があるのかは今の段階で判断しかねるが、このまま彼を野放しにしてしまった場合、手合わせした真白自身の戦闘データを敵へ横流しされかねない。であれば、翡翠は手元に置いておいた方が良いのでは無いだろうか。彼が本当に仲間になってくれるのであれば、件のマレビト大将とやらの情報を提供してくれるかもしれない訳だし。
 最悪、敵大将と翡翠がタッグを組んで向かって来ても負ける事は無い。状況が不利になったらすぐさま花屋敷へ戻る事も出来る。ならば、翡翠を野放しにするよりいっそ手元に置いた方が賢いのではないだろうか。

 悩んでいるのを見かねたのか、月白が訊ねる。

「真白? この男、どうする。其方が翡翠の言った通り、奴を手打ちに出来ぬのであれば……。連れて帰って翡翠か鋼斉に、という手もあるぞ」
『どんだけこの人の事を排除したいのさ……。いや、仲間丁度欲しかったし、一旦呑んでみようかなって』
「何故だ!? 其方には妾がついておるではないか!!」
『そういうデレは、今は要らないかな!』

 会話を終え、翡翠に向き直る。悩んでいるのを面白おかしそうに見ていた彼の顔から笑顔が消えた。唐突に真剣な表情。吃驚して何を言いかけたのか一瞬だけ忘れた。

「あーっと、そこまで言うなら私と一緒に来てよ。丁度仲間が欲しいと思ってたんだよね。キリキリ働いて貰うから」
「おや、意外だね。寂しがりなのかな?」
「あ、もうそれでいいです」
「ところで――君、何て言うんだったか。私の記憶が正しければ、君の事を全く知らないのだがね」
「ああ。真白って呼んで」
「……ふぅん。なら、よろしくして貰おう」

 自分で仲間志願してきたくせに翡翠は少しばかり驚いた顔をしていた。断られると思っていたらしい。駄目で元々、というやつか。

「それじゃあ、何だったっけ? マレビトの大将、って人のところに案内してよ」
「勿論。こっちだよ」

 気を取り直した翡翠が背を向けて歩き出す。月白の不満が背中に突き刺さるが、聞こえないふりをした。