2話 最初の仲間

07.戦う相手


 ――なんかこの人、めっちゃ強いのでは?
 戦い慣れしている、とでも言うのだろうか。勝負の流れ、運び、確実に術を当ててくる心理戦。どれを取ってもツツジや鋼斉達がした事の無い動きだ。詰まるところ花屋敷の彼等はあくまで屋敷の管理がお役目であって、戦う事自体はそんなに得意ではないのだろう。

 どう考えたって剣術で勝てる気がしない。であれば術を、と思ったがあっさり相殺された上、カウンターまでお見舞いされた。あれ、これ詰んだのでは? 勝てなくない? 何しても躱されそうなんだけど。
 考え込んでいた事が月白に伝わったのか、やや慌てたように励ましてきた。

「ええい、弱気になるでないわ! 其方の本領は輪力の奪取。それが尽きぬ限り、纏っている結界も消えぬ。最悪、相手が力尽きるまで泥仕合すれば良いわ!」
『いや良くねええええ!! 死ぬ程疲れるじゃんか!!』
「やかましい! ともかく、まずは翡翠から輪力を奪え。尽きれば勝ちよ」

 そう言われてみればそうかもしれない。みっともなく諦めかけていたが、人生の第二ラウンドを棒に振りたくは無い。ここで負ける訳にはいかないのだ。
 あと死霊山を攻略したら絶対に仲間増やす。やっぱり数の力は偉大だ。今ここに一人でも戦える人物がいれば、もっとマシな気分で挑めた。

「掛かってこないのかい、お嬢さん」
「お嬢さん!? 寒気がするから止めろ下さい!!」

 様子を見ていた翡翠のからかいにも似た言葉で意識を引き戻される。こいつ、何てことを言うんだ。女子高生だぞ、通報。

 ともかく、生物の輪力を奪う為にはある程度相手に輪力を使わせなければならない。術を撃たせまくるでもよし、月白の言う通り刀を振り回して相手を消耗させ、泥仕合に持ち込むもよし。
 今ここで休んでいる時間が最も無意味で無駄な時間だ。動かなければ。負ける事は恐らく無いのだから、無理矢理にでも勝つ。それしかない。

 腰の刀をようやっと抜く。絶え間なく攻撃をし続ける事が重要だ。
 そんな必死の思いなど露知らず、翡翠は怪しげな笑みを一層深くする。

「次は得物を使うかい? 武器を振り回す体力や腕力があるようには見えないがね。まあ、お付き合いしようか」
「いや、お付き合いとかいいんで。疲れたら早めに申告よろしく」
「は?」

 泥仕合上等。地を蹴った真白は習った型通りに刀を振るう。それをひらりと舞うように躱した翡翠は疑問顔だ。そういう戦い方、君には向いていないぞと言わんばかりである。

 ひらりと身体を反転させた翡翠が、振り下ろされた真白の刃を持っている刀で受ける。何て力だろう。鋼斉の比ではない。仕掛けたのはこちらだと言うのに、振るった腕がジンと痺れた。
 身体を巡る輪力を体力、腕力へと変換する。翡翠との身長差が激しいので、なかなか思ったように押し込む事が出来ない。膨大な輪力を変換、変換、変換。ここにきて、先程食べた結界の輪力が活きてきた。ありがとう、誰かが張った結界。あの結界のお陰で今、頑張れてます。

「ぐっ……」

 徐々に押し込まれつつある翡翠が困惑とも付かない声を上げる。勿論、かなり戦闘慣れしている彼はされるがままではなかった。短く息を吐くと同時、とんでもない力で一息に押し返される。体重ごと撥ね除ける強い力に真白の両足が浮いた。
 このままでは着地点で叩かれる。慌てて簡易術を放ち、真白が後退したのと同じくらい翡翠も後退させた。
 ここにきてどちらも初期位置、初期の間合いへと立ち戻る。これだけ色々アクションを起こしておいて振り出しに戻るとは。

 しかし、ここで休む時間を与えてはならない。すぐに形成可能な、ほぼ輪力と変わりの無い簡易術をポンポンと放つ。それを相殺する事無く細やかな動きで全て回避した翡翠が一瞬で間合いを詰め、そのままの勢いで上段から下段へ刀を振り下ろす。
 勢いと翡翠自身の体重、そして上から下へ振り下ろす最も力の乗った動き。何より速度。

「あっ……!?」

 受けきれないとは思いつつ、刀を構え――刃同士が触れ合う前に、件の優秀なオート結界が翡翠の攻撃を弾いた。何て偉いんだ、主人が受けられないと見るや勝手に強化されてる!
 一方で完璧な優勢から攻撃を繰り出した翡翠は眉根を寄せていた。当然である。真白自身が翡翠の立場であれば、無理ゲーと叫んでコントローラーどころか命も投げている事だろう。

 再び翡翠へ突貫しようと真白が刀を構える。が、翡翠自身は目を細めポーンと持っていた得物を放り出した。投げ付けてきた訳ではない。見当違いの方向へ放り捨てたのだ。

「何……?」
「いや、投降するよ」
「ええ?」
「君は……強い弱いの次元にはいない生物のようだね。君を介して、もっと別の大きな何かと戦っているかのようだ。これ以上は不毛だね」

 両手を挙げて面白おかしそうに笑う翡翠。やっぱり彼、結構頭の方がアレなんじゃなかろうか。