2話 最初の仲間

05.死霊山の結界


『そういえばさ』

 チラッと数年前の事を思い出したついでに、確認しておきたい事があったのだと思い至った。まだまだ山道は続いているので話だねついでに訊いてみる。

『私を5年前に助けてくれた紅さんとかって、いないのかな? あの人等も確か、マレビトと戦ってたよね?』
「紅そのものが居るかは知らぬが、討伐隊自体はまだあるぞ。とはいえ、輪力がほぼ尽きておる状態故、マレビト共の将と戦う力なぞ無いだろうが」
『あー、そっか。そういえばイキガミ名乗ってる人もいるって言ってたもんね』

 やはり、無茶だとしか思えないが一時は一人で行動するしかないのか。いや、月白はいるのだから決して一人ではないのだが――こう、ちゃんと実体のある仲間が欲しい。女神は居れば便利だが、半・いる、といった状態な訳で。
 それにしても、と月白が眉根を寄せる。

「いるにはいるが……。5年前と比べ、とんと話を聞かなくなったのもまた事実よな。彼奴等についても、何事か起こっているのやもしれぬ」
『マジか……。紅さん、無事かなあ』

 助けて貰った恩も返せていない。どうか、あの時の少女を救ったのは正しい判断だったのだと思って貰いたいものだ。見返りを求めるような人物ではないと思われるが、そうであるからこそあの時の小さな行動は間違いでは無く非常に有用な行動であった事を伝えたい。

「さあ、話は終わりだな。其方であれば見えるはずだ、張られた結界の境界線が」
『あ、なるほど。この薄いドーム状の膜みたいなやつかな?』

 山道ばかりで、それそのものはまだまだ続いているのだが半透明なドーム状のそれが広がっているのが確認できる。これが月白の言う結界か。実物を見るのは初めてだ。何せ、真白の周囲に張り巡らせている結界は、攻撃を受けないと可視化しないそうなので。

『それにしても大きいなあ、東京ドーム何個分だろ?』
「なんぞそれは」
『いや、こっちの世界では広い場所をドーム何個分で形容する文化があってですね……』

 言いながらゆっくりと結界に近付く。結界術に関してはあまり詳しく習っていない。というのも、フルオートバリアのようなものなので不要だったのだ。時間も無かった事だし、余裕が出て来たら改めて教えて貰おうとは思っている。
 そうっと結界に手を伸ばす。月白はそれを止めなかったので触っても問題は無いのだろう。
 ぺたり、と右手が触れる。それはガラスのような手触りだった。ただし、コップや食器などに使われる薄いガラスの感触では無い。水族館などで使われている、非常にどっしりとしたガラスの感覚だ。触っただけでも分かる。これを腕力で粉砕する事は不可能だろうな、と。

『こんなに輪力って食べられるのかな? 私のお腹が先に一杯になりそうだけど』
「其方の容量は大幅に空いておるわ。気にせず好きなだけ喰らうといい。要らぬのであれば、大気に散らしておけば良かろうよ」
『それもそうか。じゃあ、いただきます』

 他者の術を粉砕して吸収する時の容量で、ついた手に力を込める。すると、飴細工のようにどろりと結界が溶けた。溶けた結界は天辺から徐々に流れだしていき、あっと言う間に溶けて無くなる。
 それと同時に形容しがたい充足感が満ちる。例えるならばそう、10時間くらいの睡眠を取った後の清々しい朝のような。或いは、消化に良い物を腹八分目まで食べ、少し休んだ後のような。

『やばいやばいやばい! えっ、今までかつてないくらい超元気!! 今なら山なんて3つくらい越えられそうだぜえええええ!!』
「そっ、そうか。それは良かったな……。其方が元気ならば、妾も嬉しい限りよ」

 ちょっと月白に引かれてしまった。意外と対応が塩。
 ガッツポーズを取っていると、目の前の道から走って来た男性と目が合った。ぎょっとしてポーズを解き、直立不動になる。
 ――いや、待てよ。
 一瞬だけ冷静になった頭が警鐘を鳴らす。この男、今、先程までは結界があった内側から出て来なかったか。このマレビトが張っていた結界の中から。

 恐々と男を観察する。彼は武装していた。どこがどうなっているのか分からない戦装束に手甲。翡翠色の短髪に同じ色の瞳。体格はかなり良い。身体をかなり鍛えている成人男性だ。
 そしてその男性もまた、こちらを見て目を丸くしている。当然だろう。何せ、彼には恐らく月白の姿が見えていないので小娘が一人でマレビトの闊歩する死霊山にポツリと居たのだから。