2話 最初の仲間

04.死霊山の散策


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 死霊山。
 鼻を突く薬草のような香りと、乾いた風。疎らに立ち並んだ木の枝が不気味に伸びており、太陽の光すら朧気だ。まだ真昼だと言うのにとても薄暗く、ひんやりと空気が異様なまでに澄み切っているのが分かる。更に霧が濃い。天気は良いはずなのに、それを全く感じさせない程だ。

『まずさ、山の名前が怖すぎ。誰だよこんな明らかに呪われてるのか疑っちゃうような名前を山につけたのは。控え目に言ってセンスがホラー寄り過ぎる』

 あまりにも恐ろしい山なので、心中でひっきりなしに月白へ話し掛ける。口数がいつにも増して多い真白を見た女神は呆れ気味に首を振った。先程から随分と話し掛けているので辟易しているのだと思われる。

「其方、今日はよく喋るな。死霊山はかつて、強大な法力を持った人間が死霊を慰める為に山籠もりした事から取ったようだぞ。妾が名付けた訳ではないわ」
『そうだよね。月白が山に名前を付けたらゲッパク・マウンテンとかになりそうだもん』
「妾を馬鹿にしておるな? それこそせんすの欠片も無い名ではないか! そも、妾は何かの名付けをする為の能力が致命的に欠けておる故、自ら名付け親になる事など無いわ」
『あ、壊滅的なセンスは自覚してる訳ね。というか、神使じゃなくて人間が籠もったの?』
「うむ。人の子がやった事よ。というか、神使をアテにするのは止めた方が良いぞ。奴等は戦闘に向かぬ者もおる。ツツジと鋼斉を見よ。あれだけ其方に懐いておるが、花屋敷からほとんど外に出ぬだろう?」
『確かに。お役目が花屋敷回りの事で、あそこから遠くには行けないんだったっけ?』
「いかにも」

 月白が創り出した初代の神使はお役目に強く縛られている。代替わりをしていないらしいツツジと鋼斉は、女神の言う通りそのお役目しかこなす事が出来ないのだ。
 しかし、代替わりをした二代目、三代目の神使は別だ。何せ彼等彼女等は厳密に言えば月白自身が直接創った訳では無い。お役目をこなさなければならないのは変わらないが、その裏を掻く事が可能である。何も言われた通りにお役目を全うする必要は無いらしい。

 そんな神使達の繁栄もまた月白の意図する所ではなかったようだ。平気でイキガミを騙る何者かが現れたり、本命のイキガミが出て来ても顔を見せないのがその証拠である。ただし彼女はそれを必ずしも悪い事だとは言わなかったが。

「それにしても、何故マレビト共はわざわざ死霊山の輪点を狙ったのだろうな。もっと良い物件もあっただろうに」
『もしかしたら死霊山ってネーミングが気に入ったのかも。ホラーファンとか』
「苦しい弁よな」
『でもそう言われてみると気になるなあ。もし話が通じる系のマレビトだったら、なんでここに拠点を置いたのか聞いてみよう』

 月白が盛大な溜息を吐いた。失礼な事この上無い。

 それにしても、随分と山を登った。だが結界らしきものは見えてこないし、その結界の外側だからかマレビトとも遭遇しない。あまりにも警備がザル過ぎるのではないだろうか。普通、山の入り口くらい部下を置いておくと思うのだが。
 既に1刻――およそ2時間を指すらしい――くらい登山をしている。かつての真白ならば、半刻を待たずして疲れ切っているだろう。

『ねえ、月白。私、昔は体力が全然無くてさ。多分こんな山、序盤で既に動機とか息切れが起きてると思うんだよね。でもほら、今回はこんなに頑張れてる。なんでだろうね?』「其方は大気中に漂う輪力を直接、取り込む事が出来る。故に、体力が失われた側から大気中の輪力で補填しておるのだろうよ」
『へえ、超便利じゃん』

 ところで、と不意に月白が深刻そうな声を上げた。思わず1歩後ろを歩いている彼女の方を振り返る。

「1つ聞きたい事があるのだが……」
『え? なになになに? 急に真剣な声出さないでよ、恐いじゃん』
「いや、ずっと思っていて訊かずにいたのだがな。その、其方、元の世界へ帰りたいとは思わぬのか? 出会った時から泣き言を言っているのを見た事もない。まあ、妾が言うのもあれなのだが」
『ああ、それ……。前の世界で病死しちゃってるからね。戻った所でって感じ。私は7年前に人生の第二ラウンドを伸び伸び生きるって決めたからさ』
「そ、そうか? 其方がそう言うのであれば、妾も少しばかり気が楽になるのだがな」
『いやあ、マジで帰りたかったらこんな恐い山に来たりしないって。速攻で失踪決めてるな??』
「人選を誤った気がしてならない」

 これ以上無い程に安心感のある答えだと思ったのだが。月白の思考は複雑怪奇だ。