2話 最初の仲間

03.5年で変わった情勢


「真白様」

 ツツジの声で我に返る。慌てて顔を上げると、先程までの複雑な感情は形を潜めたいつもの彼女のご尊顔が目の前にあった。

「これより、真白様はマレビト討伐のお役目がございます。無論、我々は貴方様の行動に口出し致しません。方法はお任せします」
「うん、頑張るね」
「ええ。女神様のお導きがあるかと思われます。心配はしておりませんが、もし、何か疑問などございましたら私か鋼斉にご相談下さい」
「了解」

 女神の導きも何も、背後霊よろしく女神その人が常に見ていてくれている。直接的なお導きをしてくれる事だろう。何も心配事などありはしない。
 それでは、とツツジと鋼斉は部屋を出て行ってしまった。彼等は本当にマレビト討伐に関しては物申したりしないらしい。
 呆然とその背を見送ると久しぶりに月白が口を開く。

「よしよし。では真白よ、妾の有り難い神託を聞いて良いぞ」
「調子が良いなあ……。まあでも、ノーヒントで放り出されてもどうしようもないし楽出来ていいか。それでまずは何をすればいいのかな?」
「うむ。其方が試験を受けている間、色々と土地を探ったのだがな、手始めに死霊山へ向かうとしよう」
「死霊山? 山の名前?」
「そうとも。まずそもそも、マレビトは組織行動だ。組織であるという事は、それらを指揮する者がおる」
「確かにそうなるね」

 簡単に言えば雑魚マレビトの上司のようなものだろうか。その姿を想像してみるも、出会ったマレビトがことごとく人の言葉や意思のない存在であったが為にあまり上手く想像出来なかった。
 それで、と月白が言葉を続ける。

「現状において、指揮官にあたる存在が2体、確認されておる状況よ」
「2人……」
「その片方が死霊山に拠点を構えているようだ」
「いつの間にそんな事を調べたの?」
「奴等は特に隠れておらぬのでな。少し町をぶらつけば簡単に情報は手に入る」
「そっか。えーっと、じゃあまずは、死霊山? って所へ向かえば良いかな。いや待ってよ、私一人で行くの?」

 月白はアドバイスこそくれるが、実体が無い。つまり戦闘になっても彼女は戦えないのだ。実質動けるのは真白だけとなるが、この状況で敵の拠点に乗り込むのは心許ない。簡単に死なないと分かっていても、未知の能力に頼り切りになるのは恐れが強かった。

「それなのだがな、其方が鍛錬している5年の間に界の情勢がかなり変わってしまった。妾の調査でも、簡単に手を貸してくれる者はそうそうおらぬよ」
「ええ!? イキガミって界の救世主、みたいな売り出しだったよね? 誰も助けてくれない感じ? 私なんて、この世界に来て7年目のペーペーだよ!? 普通こんな得体の知れない小娘に世界の事を任せきりとか無いでしょ!!」
「妾にもよく分からぬが……。イキガミを騙る何者かが既に討伐軍を取り纏めておるようだぞ」
「治安最悪じゃんんん!!」
「悪気があった訳でないのやもしれぬ。ただ、後出しになってしまった故、其方の弁の方が弱いのは確かだ。であれば、まずはその実力を示す他あるまいよ。紛う事なき神の力を目の当たりにすれば、自然と仲間と呼べる者等が集まって来るだろう」
「結局、起ち上げは自分一人って事ね……」
「最悪、其方一人で全て事を終わらせられるかもしれんぞ?」
「寂しい……」
「そ、そうか」

 ごほん、と仕切り直すかのように月白が態とらしい咳払いをする。彼女も必死なので、真白もまた一旦落ち込む事を止めた。何て言ったってどうしようもない。

「で、だな、真白よ。死霊山へ入る前に其方へ伝えたい情報がある」
「はいはい、聞きますよ」
「輪力の話になる。死霊山にもこの町程では無いにしろ、輪点が存在する。どうやらマレビト共はその輪点から輪力を得て、そのままそれを流用し、山の周りに結界を張っておる」
「へー」
「よく分からぬ技術だが、イキガミの能力に似ている何かのようだ。生物から輪力を直接奪い取ったという話は聞かぬが、其方の肉体は膨大な輪力の塊。その力をマレビト共に渡さぬよう、立ち回って欲しい」
「確かに。分かった、気を付けるよ」

 輪力を輪点から直接汲み上げる、というのはなかなかに恐ろしい所業だ。何せ、人は輪力そのものを汲み上げる事は出来ない。術などで扱っているのは、体内にある輪力を使用して行うもので基本的には大気中に漂っている輪力を吸収する事は出来ないのだ。
 一度輪力から変換したものを生活や戦闘に使っている、という表現が正しいか。だから、輪点から直接汲み上げた輪力で結界を張る、というのは土台無理な話である。

「――まあでも、輪力を使って結界を張っているなら、それを取り上げちゃえばむしろ弱体化って事だよね。あれ? 実はかなり楽勝なのでは?」
「そうとも言うが……。慢心は其方にとっては毒も同然。気を引き締めよ」
「ものは試し。まずは結界の輪力を私が食べてしまえるのか確認しよっと。出来るんだったら調査と言わずに1回で勝てちゃうかもしれないし!」

 楽が出来るかもしれない、と考えたら途端に元気が湧いてきた。我ながら現金な性格である。