2話 最初の仲間

02.最終試験・下


 完璧なスタートダッシュを決めてきたのは鋼斉だった。鍛錬の日々後半戦ではかなり遠慮が無くなっていた彼だったが、いつにもまして遠慮も手加減も感じられない。まずは後衛の術士・ツツジを狙いたかったが、そんなものはお見通しのようだった。
 仕方が無いので鋼斉の一撃を回避。左足を軸に身体を反転させ、間髪を入れず木刀で斬り付け――いや、殴りつける。上段から下段へと振り下ろされた真白の木刀を、鋼斉がしっかりと受け止めた。

「そういや、2体1は初めての形式になるんですかね」

 あっけらかんとした鋼斉の声。何となく相手が2人居る事は忘れるな、と警告されているかのようだ――

「うえっ!? こんな時ばっかり! 息ピッタリじゃんんん!!」
「長い付き合いですからね」

 輪力の容量が多いのはイキガミである自分だ。この際、鋼斉は力でねじ伏せ、すぐにツツジを落としてしまおうと思ったがそうは問屋が卸さない。
 考えを見透かされたかのように、ツツジが威力の低い術を即席で撃ってきた。こんなもの、デコピンのような威力に他ならないが、それでも人体で受けるには強すぎる。
 鍔迫り合いを強制的に終了させ、真白は飛び退って撃たれた術を回避した。先程まで立っていた床が綺麗に凍り付く。

 その惨状を満足に見届けられないまま、鋼斉が再び突進して来た。この場所はそんなに広く無い。後1度でも今起きた事を繰り返せば、背中が壁に付いてしまう事だろう。

 次は逆。鋼斉が振り下ろした木刀を真白が受ける。鈍器がぶつかり合う音が響いた。押し返せない事は無いが、既にツツジが妨害の為の術を紡いでいるのが見える。このまま鋼斉に時間を稼がれてしまえば、今度こそ術を避けられないだろう。
 ――いいや、術はもう受けよう!
 戦闘は輪力の奪い合い。一瞬だけ片手になってしまうが、ツツジが術を撃ってきたらまずはそれを相殺。輪力へと還して、そのままそれを吸収。エネルギーに替えてから、そのまま鋼斉を押し返す。完璧だ。片手で持ち堪える事が出来ればそのまま勝てる。

 そうと決まれば話は早い。もうツツジの方は術の準備が出来ているようだ。
 今現在、何のドーピングもしていない状態で身体に残っている輪力を、術を撃つ為ではなく筋力とか身体能力に換算する。輪力管理は得意なので、1秒の半分くらいで準備が完了した。
 渾身の力で一度、鋼斉を押し返す。体重ごと撥ね除ければ流石の彼も分が悪いと悟ったのか、押し返した力を逆利用して間合いを取るように後退した。次はあの離れた床から、一足飛びに跳んで来るのは織り込み済みだ。ちょっと予定とは違うが。なるようになる。

 落ち着いて、次はツツジが撃ってくる術を術で相殺しなければ。利手ではない左手に残してあった輪力を集中。こんなものは術と呼べる程、整ってはいない。が、デコピンレベルの術なら簡単に相殺可能だ。
 案の定、同じ氷結系の術を撃って来たので左手で払う。破壊された術が輪力へ戻り、大気中を漂っているのが確認出来た。失ったそれを取り戻すように、所在なさげに輝きを放つ力を吸収する。
 その過程が終わった一瞬後に、助走を付けた鋼斉が飛込んできた。

「絶対来ると思った! 絶対に来ると思ってた!!」
「ご明察通り」

 ちょっとだけ嬉しそうにした鋼斉の一撃を回避。泳いだ上体を思い切り押した。ご老人に何て暴力行為だと思えなくもないが、致し方ない。床を転がった鋼斉は降参の意を示した。
 それを確認後、再び術を編んでいるツツジの元に駆け寄る。術士は間合いが命。その間合いを潰すのが、術士との戦い方だ。

「真白様、お強くなられて……」

 複雑な感情を綯い交ぜにしたかのようにそう言ったツツジが完成した術を放ってくる。のを、木刀で叩き割った。そのままの勢いで彼女の懐に飛込む。その首筋に、木刀を突きつけた。

「……お見事です」
「やった! これ合格だよね!?」
「ええ、勿論」

 微笑んだツツジは決して嬉しそうなだけではなかった。子供が成長した姿を見守る親のようであり、そしてほんの少しだけ悲しそうだ。
 ボンヤリとその美しい容を見つめていると、復帰してきた鋼斉が陽気に言葉を紡ぐ。

「いやあ、もう勝てないもんですね。前までは俺の方が強かったのに」
「まあそもそも、持ってるエンジンが違うからね……」
「何ですかね、そりゃ」

 この7年で分かった事がある。イキガミとは決して役職の名前だけのものではないという事だ。
 鋼斉とツツジも神使という人よりずっと頑丈な存在だが、イキガミは文字通り神。界に溢れる輪力の全ては真白の為にあり、従ってその輪力を使って攻撃をしてきても餌を与えられているようなものでしかない。
 つまり2パターンある攻撃パターンの内、術部分は機能していない事になる。しかも事故死を防止する為、鋼斉から剣術も学んだ。輪力が尽きない限りイキガミの周囲には不可視の結界も張られている。

 戦闘に関して無知識の元女子高生ですら分かった。
 余程の事が無い限り死にはしないのではいのか、と。

 それを月白に確認したところ、歯切れの悪い苦笑だけを返された。それが答えなのだと思う。そう分かってしまえばかつては恐怖したマレビトも恐くなくなった。ホラー味の強い外見は怖かったが、それは恐れではなくホラーの方の恐怖であり、戦闘には直接関係の無いものだ。