2話 最初の仲間

01.最終試験・上


 初めてマレビトに出会ってから5年、この世界にやって来てから7年が経過した。初期年齢が幾つなのか分からないので正確には判断できないが、外見からして高校生くらいの年齢になったのだと思われる。もう一度成長期を体験する事になるとは。何気に凄いレアな経験をしたのかもしれない。

 脳内でグルグルと回る現実逃避を終える。改めて真白は目の前の惨状を視界に収めた。
 現在、目の前にはツツジと鋼斉の2人。そして隣には誰にも見えていない月白が座っている。花屋敷の住人が一堂に会している状況だ。
 集まった理由は分かっている。ツツジが深々と頭を下げた。

「真白様。今までの辛く長い鍛錬の日々、お疲れ様でございました」
「いやいや、みんなのお陰だから。何とかここまで来られたって感じだよ。今までありがとう、ツツジ。鋼斉」
「まあ、最初は剣技なんざ最後まで覚えられないかと思ってましたけどね」

 肩を竦める鋼斉に苦笑を返す。彼の言う事は正しい。数年前、助けてくれた紅に出会うまではやる気すら無かった小娘だ。危惧されるのは当然と言えるだろう。

 今までの鍛錬――否、訓練の日々を思い返す。鋼斉からはしごきに近い剣技の習得を。ツツジからは術と日常生活の方法を。そして、月白からはマニアックな知識を授かった。本当にここまで長かったと思う。高校の受験勉強が霞むくらいだ。
 稀にマレビトとの実戦を挟みながら、ようやっと鋼のメンタルと確かな技術を手に入れたのだと思う。人間、やれば何でも出来るという事か。

 物思いに耽っていると、何気に一番苦労させられたであろう月白が、隣で遠い目をした。

「うむ、本当に長かったな。妾が選んでおいて何だが、其方、まるで戦闘に向かぬ気質と身体能力であったわ。今までどんな生活を送れば、あそこまで身体の使い方を知らずに過ごせたのやら」
『前の世界では部活も帰宅部だったし、後半戦は病院のベッドだったからなあ。そりゃまあ、身体の使い方なんて知るはずも無いよね!』

 しみじみと成果を噛み締める月白に、言い訳じみた言葉を返す。
 まさか横でそんな脳内会話のようなものが繰り広げられているとも知らず、ツツジが心なしか感動したように顔を覆った。

「我が子を送り出す気分です」
「まあ、もう教える事もねぇからな。だがツツジよ、最後の仕上げがある」
「ええ、分かっております」

 ――ここからが本題だ。
 当然、学んだ事をきちんと扱えるか、それを試す最終試練のようなものが存在する。これをパス出来なければ再び鍛錬の日々に逆戻りだ。流石に7年という時間を浪費しておいて、ここで試験合格出来ませんでした、など笑えない事態は避けたい。
 格好良く、ビシッと。ここは一度で合格したいものだ。

 爛、とツツジの眼が強い光を帯びる。

「真白様、大変不敬ではございますが、これも月白様の御指示。そのお力、我々で試させて頂きます」
「そういう事です。まあ、我々も真白様を傷付ける気は毛頭無いので、真剣の使用は互いに控えさせて貰いますが」

 そそくさとツツジが全員分の座布団を片付ける。その間に月白が楽しげな笑いを溢して囁いた。

「妾も観戦させて貰うとしよう。助言は与えぬぞ。かんにんぐ、とやらは違反なのであろう?」
『勿論。時間掛かっちゃったし、華麗に勝ってみせるよ!』
「其方は大器晩成型であったからな、時間そのものは仕方の無い事よ」

 最近、月白は教えたカタカナをたまに駆使して会話してくれる。逆に、彼女から教えられた言葉を真白が使う事もある訳だが。

「真白様」
「はーい」

 鋼斉に呼ばれたので返事をすると、細長い物が綺麗な放物線を描いて飛んで来た。それを難なく片手でキャッチする。投げ渡されたのは、今まで散々剣技鍛錬の時に使って来た木刀だった。最近はずっと外で真剣を使ったマレビトによる演習だったので、それを手にするのは少々久しぶりとなる。
 そして同時に、この敵を斬り伏せる事の出来ない武器を使うのも恐らく最後となるのだろう。尤も、この試験を無事にパス出来ればの話だが。

 ボンヤリと馴染みのあるそれを眺めていると、場のセットを終えたツツジが淡々と口を開く。

「規則ですが、模擬戦と同じと致します。鋼斉、貴方との鍛錬で何か特殊な規則は用いておりませんね?」
「1本取った方が勝ちだよ、毎回な」
「よろしい。では、鋼斉の模擬戦の規則に合わせます」

 シンプルな方のルールを取ったようだ。世話役と一口に言っても、2人の性格は全く異なる。そうなってくると模擬戦のルールも異なってくるものだ。
 ツツジはケガを防止する為に細かく規定を設けるのに対し、鋼斉は本当に1本取った方が勝ち。術を使おうが、木刀以外の武器を使おうが本当に何一つ文句を言ってこなかった。典型的な生き残って勝てばいい、という思考回路だからだろう。

 それでは、とスイッチが切り替わるようにツツジの双眸から生温かい優しさが掻き消える。試験開始の空気をひしひしと感じ、それぞれが定位置についた。瞬間、朗々とした彼女の声が響き渡る。

「始め!」