1話 迷い込んだ先のなんちゃって珍道中

10.真白の決意


 マレビト2体を華麗に対峙した男が戻ってくる。爽やかな笑顔だ。

「待たせたな」
「……あぁっと、危ない所を助けて頂き、有り難うございました」
「いいんだ。というか、君は何故ここに? 町の子供か? 外が危ない事は知っていそうだが」

 それは当然の疑問と言えるだろう。返事に窮して黙り込むと、それを察した月白が横から囁いた。

「迷子だと言え」
「あ、その、お、親とはぐれて……迷子に……」

 それをやや色付けて回答すると、男は納得したように頷く。

「そうだったのか。心細かっただろう。だが、ここは危ないからな。俺が町まで送って行こう。御両親はどの辺にいたか分からないか? マレビトに襲われていなければ良いが」
「親とははぐれた時には町に戻るように約束しています。だから、町に連れて行って貰えれば再会出来るかと」
「そうか、しっかりしているな、君は。それじゃあ行こうか。あ、そうだ。俺は紅。よろしく頼む」
「真白です。よろしくお願いします」

 紅と名乗った彼は当然のように真白の手を取って歩き出した。それは小さな子供がはぐれないように母親が手を繋ぐ動作と似ている。面倒見が良い人物なのだろう。ここで手を振り解くのも大変失礼なので、真白は子供らしくその手を握った。誰かと手を繋いで歩くなんて、何年ぶりだろう。

「……うむ。問題無く町の方へ戻っているな」

 紅に不信感を抱いているようだった月白がポツリと呟く。完全に来た道を戻っているだけなので、町へ向かっている事は流石の真白でも理解出来た。

「ところで真白、どうやら先程のマレビトだが3体いたようなんだ。1体は……いや、笑ってくれて構わないんだが、君が倒したのか?」

 流石に無いな、と思いながらも確認をしてきたかのような言葉。これまた困った質問だが、すかさず月白が模範解答を述べてくれたのでその通りに返事をする。

「いえ、何だか最初から倒れていたみたいですけど」
「そうか……。どうして3体いて、2体だけ倒したんだろうな。後であの辺を調べてみるか……。君にとっては災難だったな。それにしても、何故町の外にいたんだ? 御両親とはぐれたそうだが、外に出る用事があったのか?」
「山菜を採りに行っていました」

 またも、月白が後ろで囁く言葉を復唱した。手ぶらで山菜採りとは如何に、と思ったが紅はそこを疑問には思わなかったようだ。

「もうそんな季節か。君はとても勇敢だな。早くマレビトを駆除してしまえれば良いんだが……」
「あのぅ、お兄さんのケガは平気ですか?」
「ああ、問題無い。拠点に戻れば癒やしの術を使える仲間もいるからな。そんな事より、君に大事なくて良かったよ」

 ――さっきから、ただただ良い人なんだけどこの人!!
 人格が完成され過ぎている。良い人オブザイヤーに出られるに違いない。こうやってただ歩いているだけでも、やれ道に枝が突き出しているから気を付けろだとか、それとなく歩きやすい道を譲ってくれたりと神使ではなく紳士の間違いではないのか。

「話は全く変わるが」

 言いながら、少しだけ身を屈めた紅が顔を覗き込んでくる。

「君の目の色、変わっているな。ああいや、変な色とかではなくて、とても綺麗なんだが、この辺りでは見掛けない色彩だ」
「えっ。いや、その、どうも」
「本当に不思議な虹彩だな。正面から見ると晴れた日の空みたいな色だが、角度を変えると淡い金色が見える……。どうなっているんだ?」
「いや、ちょ、顔! 顔が近いですッ!!」
「あ! す、すまない……」

 何て奴だ。下心は全く無いが、距離感が日本人のそれではない。まさかこの世界、そういう文化圏なのだろうか。とにかく親しげに振る舞うのが。見本が月白にツツジ、鋼斉しかいないし、3人とも距離が近いが主従でもある。判断が難しい。
 そもそも、赤目も大分珍しいと思う。

「神使には赤目の連中は多いぞ。赤は輪力の色に近いでな、普通の民にはおらぬが神使であれば赤は珍しい色では無いぞ」

 思考を読み取った月白が考えを訂正する。マジかよ、凄いなこの世界と心中で呟いた。

「さあ、町の前に着いたぞ。御両親の元まで送って行こうか?」
「あっ」

 気付けば町の境界線に到着していた。何だか酷く懐かしい気分になる。

「いや、ここまでで大丈夫です。助けてくれて、ありがとうございました」
「ああ。御両親によろしくと伝えておいてくれ。俺は拠点に戻るが、君もあまり外は出歩かないようにな」
「ありがとうございます」

 紅は手を振ると、また町の外へと消えて行った。それを見計らってか、口数を減らしていた月白が緊張感の切れたような息を吐き出す。

「なんぞ、彼奴は。……まあよい、変な神使でなくて良かったと思うべきか」
「ねえ、月白。私……ちゃんと、身体鍛えるよ」
「どうした急に」
「いや、私が頑張って強くなればさ、またあの紅さんと会えるんじゃないの? 目的一緒だよね? ね?」
「まあ、其方もイキガミであるしいずれは奴を従えてマレビト討伐に繰り出す未来もあるやもしれぬな」
「本当に格好良かったよね。助けて貰ったし、あの人と一緒に戦えるのを目標に頑張ろうと思う!!」

 真白の決意を聞いた月白は傍目見て分かる程引いたような顔をした。

「ええ? 其方、鍛錬の理由がそんな雑な理由で良いのか? 妾には分からぬ感情よな」
「よし、早く花屋敷に戻ろう!」