09.討伐隊
幾分か落ち着きを取り戻した真白は、月白への疑問を声にする事をまず止めた。下手に大声で騒げば、マレビトを刺激しかねないと思ったのだ。
「落ち着いてきた……。後2体はどうしようか？」
「ううむ、そうさな。正直、斬り伏せた方が早いのだが、其方その小刀しか持っておらぬのであろう？」
「剣術苦手なんだよね」
ジリジリと近付いて来るマレビトから、同じくジリジリと距離を取る。
――と、不意に背後の茂みが急にガサガサと揺れた。揺れた、なんて生温いものではない。確実に何かが走ってこちらへ向かって来ている。
「ヒッ……!?」
一瞬だけ落ち着いた心がまたもやざわつく。本当に驚いて悲鳴を上げる事すらままならなかった。人間、本当に驚いた時は身体が硬直するものだ。
「大丈夫か、君!? 待ってろ、今助ける！」
果たして、現れたのは成人男性だった。黒い髪、深紅の瞳が印象的だ。軽装ではあるものの、武装している。顔は吃驚する程に整っているが、残念ながらこの世界に来てから周囲にいる大抵の人物は見目が整っているのでそこに驚きは無かった。
ともあれ彼はどうやらマレビトの仲間ではないらしい。見た目は12、13歳くらいの少女である真白が襲われているのを見て助けに来てくれたようだ。
突撃して来た男性に驚いたのか、マレビト達が急激に動き始める。一方で男は勢いを殺さず突っ込んで来て、やはりそのままの勢いを保ったまま真白を小脇に抱えた。更に勢いを殺さず受け身を取るかのように前転。
「ぎゃああああ!? 死ぬ！ 死んじゃううううう!!」
「問題無い！ 俺も君も無事だぞ、しっかりするんだ！」
思わず叫び声を上げたら男に宥められた。いやいや、あなたのせいでドッキリ恐怖体験を味わった訳だが。今のアクロバティックな動き必要だった？
転がっている間に頬に付着した何らかの液体を条件反射で拭う。と、袖が赤く染まった。血の気が引く。これ、血だ――
――いやでも、私はどこも怪我をしていない。
痛い所は無いし、確かに視界はジェットコースターよろしく、激しくぶれたが身体をぶつけたりはしなかった。であれば、この怪我は。
「おっ、お兄さん、ケガをしているんじゃ……!?」
「こんなものは掠り傷だ、大事ないさ。君は平気だったか？」
「私は平気だけれど……」
「それは良かった」
――メッチャ良い人じゃんんん!!
見ず知らずのクソガキを助けてくれるあたり、かなり良い人であるとは思っていたが予想を上回る良い人っぷりだ。
よくよく観察してみると、左腕の辺り、裾が破けて真っ赤な血が流れ出しているのが見て取れた。さっき、助けてくれた時にマレビトの攻撃が当たったのかもしれない。もたもたしていたばかりに、彼には迷惑とケガを負わせてしまった。
「さあ、君はそこで待っていてくれ。俺はそれなりに強いから心配は要らない。動かないでくれよ」
「えっ、あ、はい……」
男は腰に差していた剣を抜くと、一目散に2体残っているマレビトへ駆け出して行った。
「あれは、討伐隊の一員のようだな」
それまでずっと黙っていた月白が隣へ降り立ち、囁くようにそう言う。討伐対？ と真白はその言葉をオウム返しに呟いた。
「うむ。先程、町を守っている者等が居ると言ったろう？ 恐らく、その仲間の一人だ。しかも神使だな」
「強そうだもんね」
神使――ツツジ、鋼斉を含む人ではない神の遣いの事だ。月白が初代を創り、その後は生物の繁殖の理に従って繁栄していった人ならざる者。しかし神でもない者達。
身近なところで言うとツツジと鋼斉も該当するのだが、2人はいつか現れるイキガミの世話係を担う神使だ。そして、先程助けてくれた彼も神使。何らかの役目を持って、討伐隊の一員になったのかもしれない。
今までの知識を脳内で復唱していると、月白が更に言葉を続ける。
「奴等には町を守って貰い、感謝している。が、あの神使、何故ここに一人でおったのだろうな？」
「散歩でもしていたんじゃないの？」
ヒソヒソと話をしている内に、男がマレビトの1体を斬り伏せた。ぱっ、と鮮血が舞う。続いて隣に立っていたマレビトも撫で斬りにした。鮮やかな手際に心中で拍手喝采を送る。ただし、月白からはお前がもたもたしているからだぞとジト目で睨まれてしまった。