1話 迷い込んだ先のなんちゃって珍道中

07.町の外の世界


「この町だけが安全っていうのは分かったけれど……。でもやっぱり、外がどうなっているか分からない事にはモチベーションが上がらないんだよね」
「もち……?」
「気合いが入らないって事かな」

 現実味を帯びない脅威は脅威ではない。人は楽をしたがる生き物であり、生きるたけで多大なエネルギーを消費する燃費の悪い生物だ。やらなくて良い事は、極力やりたくないのが本音である。
 という悩ましい人間の性を感じ取ったのか、女神は難しい顔をして唸り声を上げた。困らせたい訳ではないのだが、如何せんやる気が無くなっているのは重要な問題だ。

「由々しき事態よな。地上に存在するあらゆる生物は目標が無ければ動けぬもの。妾とてそうであるのだから、余所から来た其方など更に能動的には動けぬだろう」
「まあ、効率は落ちるだろうけれど生活を支える為には頑張って行こうっていう気持ちはあるんだよ。うん」
「よいよい。では真白、妾と町の外へ出てみぬか? 其方、ツツジに屋敷へ帰る為の送還術を習ったであろう?」
「ああ。あの、輪力さえあればどこからでも花屋敷に戻れるやつか。便利そうだったからすぐに覚えたわ」
「実用性の高い術に関する物覚えの良さは賞賛に値するのだがな。……ともかく、それが使えるのであれば外へ出て、余程のマレビトに当たらぬ限り死にはせんだろう」
「ツツジが怒るんじゃないかな?」

 鋼斉はかなりの放任主義だが、ツツジの教育ママ感は異常だ。面倒見はかなり良く、変な掠り傷でも作ろうものなら大騒動。勝手に町の外に出たなどと知ったら、今まで1度たりとも見た事の無い、仏のマジ切れ顔が拝める可能性すらある。
 そんな真白の心配をよそに、月白は鼻を鳴らして笑った。まるで見当違いの発言をした小娘を嘲笑うかのようだ。

「ツツジが其方相手に怒りを露わにする事は無い。母のように慕って良いと彼奴は言っておったが、その関係性は擬似的なものに他ならぬ。其方とツツジは主従以外の何ものでも無いのだから、従者が主人に怒るなどあろうはずもない。……まあ、苦言程度ならば口にする可能性はあるが」
「急なガチトーン止めなよ! ツツジは良い人だよ!! ちょっと心配性なだけで!」
「それで? 外に出るのか、出ないのか?」
「出る! 普通に町の外に出た事無いから興味あるし」
「そう来なければ。では、妾に付いてくると良いぞ。ふふ、妾も2年ぶりに町の外か」

 心なしか楽しげにそう言った月白が、真白を追い抜かして先頭に立つ。彼女の姿は見えていないので、真白が一人で迷い無く突き進んでいるように周囲には見えている事だろう。

 ***

 月白に案内されるまま、町の敷地を越えて外へ。小ぶりの林と、人が通る為に踏みならされた細い道が続いているのが分かる。

「1本道だ。これって人が通る為の道なんだよね?」
「それ以外、何に見えると言うのだ」
「いや……」

 コンクリートジャングルで生きて来たので獣道などそうそうお目に掛かる事が無かっただけだ。が、それを説明した所でワールドギャップに邪魔をされて上手く伝わらない事は想像に難くないので黙っておいた。

「そうだ、真白。其方、武器の類いは持っておるのか?」
「あー、まあ、小刀ならあるけど……。何か果物ナイフをメッチャ切れるようにした感じの」
「よく分からんが……。すぐ手に取れるようにしておけ。妾は其方を助ける事など出来ぬのだからな」
「ちょ、脅かすの止めてよ~」
「緊張感のない奴め」

 和気藹々と話しながらも歩を進める。ずっと町にいたので、森林浴などする機会も無かった。折角だから大自然の新鮮な空気でも吸おうと深呼吸した所で違和感を覚える。

「……? あれ、何か息がし辛いような」
「ここは町よりずっと輪力が薄いからな。空気が淀んでおるのよ」
「えっ、大気中に輪力が無いとこんなに違うの? えー、無理。低酸素運動を強要されている気分」

 閉塞感が酷い。一瞬前までは町から出られた充足感に満たされていたのだが、今は一刻も早く深呼吸が出来る場所に移動したい気分だ。この空気、慣れておかないと後々大変な事になる気がする。
 思わず足を止めると、数歩先を歩いていた月白がふわりと半回転して振り返る。その美貌に悪戯っぽい笑みを浮かべているのが見て取れた。

「そら、足を動かせ。足を。まだマレビトには出会えておらぬ。少々歩くぞ」
「あんまり町から離れたくない……」
「花屋敷へは術で帰れば良いのだから、町との距離は帰りの距離に直結せぬ。安心せよ!」
「そういう問題じゃ……。いやでも、折角外に来たしね。行こうか」

 まだやる気が出るには至っていない。何とか失いかけている情熱を再燃させる為にも、現状を知る必要がある。