1話 迷い込んだ先のなんちゃって珍道中

06.生活模様について


「どうかされましたか、真白様?」
「あっ、いや、何でも」

 僅かにだがタイムラグがあるようだ。唐突にボンヤリしていたように思われたのだろう。ツツジは疑問顔だ。しかし、何でも無いと返したせいか気を取り直したように彼女が言葉を紡ぐ。

「では、真白様。ご存じかとは思いますが、まず貴方様にはマレビトと戦う技術を身に付けて頂きます」
「マレビト?」
「ええ。そうですね、詳しい説明は後程。今は侵略者とだけ理解して頂ければ結構です」

 ――え? ガッツリ物理的な意味合いで戦うの? 神様なのに?
 薄々気がついてはいたが、まさかの肉体労働を強いられるのか。仕方無いと言えば仕方無いが、それならばもっと強そうな人をチョイスしても良かったのではないかと思わざるを得ない。
 真白の疑問を余所に、ツツジは話を続ける。なかなかにえげつない軌道修正を掛けて来る会話の手腕には舌を巻くばかりだ。

「私、ツツジは貴方様に一般的な生活の方法と術の扱い方を。鋼斉は武器の使い方を貴方様に教えます。適材適所、という訳です。ただ、お食事や寝所の準備は私共で致しますのでご心配なく」
「あ、ありがとう」
「はい。真白様が恥を掻かれませんよう、私共で精一杯教えますのでご協力お願い致します」
「よろしく」

 予想以上に覚える事が多そうだ。そりゃそうだろう。この時代にコンロなんか無いだろうし、トイレだって現代日本のそれとは違う気がする。慣れるまでかなり時間が掛かりそうだ。
 密かに覚悟を決めていると、背後から月白の気が抜ける声が聞こえる。

「其方なら出来るぞ! 頑張れ頑張れ!」
「応援が雑ぅ!!」

 心中で絶叫すると女神様はクツクツと笑っていた。絶対に面白がっている。

 ***

 花屋敷に到着してから2年が経過した。10歳前後の子供にとって2年とは別人レベルで成長するのも驚きだったが、何とか2年暮らせた事も驚きである。

 2年の歳月が経ったという事で、これまでの生活模様を思い出してみた。
 鋼斉の剣の鍛錬に加え、ツツジの術指導。術というのが映画で見る魔法のようで面白い。面白いと思っているからか、術の上達はなかなか早かったように思える。
 ただし、その反面剣を使った戦闘技術に関しては伸び悩んでいる状態だ。なお、現在進行形。恐らく身体を動かす事があまり好きではないからだろう。モチベーションが上がらないのが一番の理由だ。

 また戦闘面の鍛錬の他、見識を深める為だとか言ってツツジには町に連れて行って貰ったりもした。更に月白は常に張り付いてくれていて、分からない事があれば逐一説明してくれる。お陰で、ツツジ達には「物覚えの言い子。やっぱり神様なんだなあ」、と思われているようだ。

 毎日はそんな感じで驚く程平和に過ぎて行くのだが――そうであるからこそ、月白の言う『未曾有の危機』に関してはまったく意味が分からない。花屋敷が何者かに襲撃をされた、という事も無ければ町人が行方不明になって大騒ぎになった、などという話も聞かない。
 正直、剣の扱いが上達しないのは何と戦うのか明確な目標が無いからだとも思う。これはやり過ぎなんじゃないのか、とか。本当に必要があるのか考え始めると興味の無いものがおざなりになってしまうのは人間の心理だろう。

「はぁ……」
「この良い天気に溜息なぞ吐くな。其方、ツツジに買い物を頼まれているのであろう?」

 ――そう。今現在、真白は町に来てツツジのお遣いを遂行中だった。彼女が忙しそうにしていたので買って出た役だが、買い出しに漕ぎ着けるまで随分と時間を浪費した。主に、イキガミ様を買い出しに行かせるなんてと慌てるツツジとの格闘にだ。
 やっと息抜きついでに外へ出られた訳だが、当然の如く月白も付いて来たのでこうして脳内会話を繰り広げながら、町を練り歩いている次第である。

「いやさ、結局の所、マレビトって何なんだろうね? 私、危ないからって理由で一度も連中に会った事無いし……。町でも噂とか聞かないからさあ、本当に実在しているのかなって不安になってくるじゃん?」
「ううむ、そうよな。この町はマレビト被害が全くと言って良い程、発生しておらぬ故そう思うのは仕方の無い事か」
「この場所が例外的に超平和って事?」
「うむ。この町は界の中で現状、最も安全と言って良いだろう」
「どうしてこの町ってそんなに安全なの? 普通の町にしか見えないけれど」
「妾に縁のある地故。輪力が花屋敷から補充されておるし、緑も豊かだ。大きな輪点があるので、この地を護ろうと戦闘が出来る連中が護ってくれているのもある。重要な反撃拠点であるからな」

 輪力――RPGに置き換えると、魔力のようなものだ。ただしこの輪力は術を撃つ時以外にもあらゆる場面で使用する。使い勝手の良い力なのだ。
 例えば土壌の豊かさ。輪力が満ちている場所では作物が育ちやすく、逆に輪力が枯渇している場所は不毛の地となる。また、これらは生物が必ず所持しているものでもある。生物の輪力が枯渇すると死に直結し、肉体に輪力が満ちていると元気になるという、体力に換算できるものでもあるのだ。

 この2年間で学んだ最たる事実、それは「戦闘とは輪力の奪い合い」であるという事。人体に多大な影響をもたらすこの力を上手く扱えるかどうかが、勝敗の鍵だ。

 即ち、輪点と呼ばれる輪力の噴出口があるこの町が発展するのは自明の理。この場所にいるだけで豊かな輪力の恩恵を受け、身体は元気一杯だし働けば働くだけ作物は取れる、最強のパワースポットなのだ。