05.切り札
さて、それは置いておいて。誰でもいい、誰か『イキガミ』の詳細を説明してくれないだろうか。出会った人物は3人共何の事だか分かっているようなので、改めて聞くのは憚られるが聞かぬは一生の恥とも言う。ツツジ辺りに教育をお願い――
「うむ、その必要は無い。妾が喚び出したのでな、妾が説明するとしようぞ」
「えっ……!?」
ピタリ、とツツジと鋼斉の動きが止まる。しかも、それだけではない。流れる空気も、外で風に揺れているはずの木々も。全てが制止した、死んだように止まった空間。唐突な出来事に思わず息を呑み、吐く言葉さえ忘れる。耳に届くのは月白の落ち着いた声音だけだ。
「なに、心配する事は無い。其方と妾が話をしている間に、ツツジ達が話を進めてしまってはいかぬ故、少々制止して貰った。妾の説明をみっちり聞いた上で、質疑応答の時間まであるぞ」
「えー、そんな事が出来るならもう私じゃなくて月白が世界を救えばいいのでは?」
「妾に出来るのはこの程度よ。とてもではないが、現実の状態が変わるような事は出来ぬ」
「時間止めてんだから十分干渉してるじゃんか……」
「いいや? 妾と其方しかこのような事態に陥っていると知らなければ。また、この後に何も状況が変化していなければ。そんなものは無かった事になる、そうであろう?」
「暴論! 暴論だよ!! まあ、いいか……。困る事があるわけでもないし」
「うむうむ! なかなかに呑込みと順応が早くて良いぞ。やはり、若い魂というのは現状に馴染みやすくて助かる」
何だか教習受ける前から酷く疲れた。というか、ここまでの展開が少々早すぎるのではないか。もっと順序と言うものがあるだろうに。
「それで、真白よ。イキガミについて詳しく知りたいのであったな?」
「あー、うん、まあね。だってほら、人類から神様に転職したんでしょう? そりゃ気になるよ。今までの人生と勝手が大分違うはずだし」
「其方が好きなように過ごして構わぬが。どうせ神そのものなぞ、妾と其方以外にはおらぬ。故に決まった振る舞いがある訳でもない」
「まあまあ、とにかくイキガミについて端的に教えてよ!」
そうさな、と月白は頭を悩ませるようなポーズを取った。どう説明するべきか深く思考しているのが伺える。
「説明が難しいな。要するに神である、というそれだけの話だから。ただ、界における主催神である妾の指示にある程度従って貰う、二代目であるだけの事よ」
「最初に言ってた世界を救う系のお話? 指示っていうのは」
「そうなるな。そも、運営だけすればよいのであれば二代目、即ちイキガミは不要であった。が、後々ツツジから説明されるが今現在は本来起こりえない未曾有の危機に界が晒されておるわけよ」
「未曾有の? 危機?」
「そう。不作や流行病でもない、不自然的な脅威。無論、そういった出来事が起こらぬと思い込んでいた訳では無いのだが……。流石の妾でも、時折現れる外部からの脅威の規模については計りかねる」
「その脅威の規模ってやつが、予想より大きかった?」
「情けない話だがな。しかも、界の民達はなかなかに自己解決能力が高かった。今まで『解決するのが難しい』脅威に立ち会った事が無い。連中は協力という言葉を知らぬのよ」
「まとまりの無い連中って事なんだね?」
「そうよな。そこで、妾がまだ地上に君臨しておる頃から温めておった手札をここで切ったという事よ。まあ、其方にもどうにもならぬのであれば、大人しく世の終焉を受入れる他あるまい」
「責任が思ってたより重大」
「仕込みはしておる。万一の事を考えて、妾が去った後も干渉する術を残しておいたのは僥倖であったな! 流石は妾!」
「えぇっと? 要約すると、私は月白の最後の手段的なアレって事? で、最終手段の名前がイキガミなんだね?」
「そうなるな!」
――急に緊張してきた。まさかそんな、割と取り返しの付かない要素に何の変哲も無いただの元・女子高生をぶっ込んで来るとは。控え目に言って、月白は耄碌しているとしか思えない。
失礼な思考が伝わったのか、女神様から睨み付けられる。
「なんぞ、今失礼な事を考えておらんかったか?」
「……いいや?」
「先にも述べた通り、其方が心配する事は何も無いぞ? 妾の仕込みは完璧。其方が連中と戦って死なぬよう、時間を掛けて教育するぞ。ツツジと鋼斉がな!」
「えっ、戦うってガチな方?」
「がち?」
「えっ、待って。私が箸にも棒にもかからないクソ雑魚だったらどうするつもり? 責任に耐えかねて逃亡するかもよ?」
「その時はその時。妾の見る目が無かっただけの事。其方が責任を感じる必要は無い。そう気負わずとも、まずは花屋敷で生活を送るとよいぞ。其方が妾達の界とは全く別の界から来た事は分かっておる。生活の基本から学べばよい」
「ううん……。分かった。とにかく頑張ってみる。私だってまだ人生の第二ラウンドを棒に振りたくないし」
「では、戻るとしようか」
そう言うと月白は口を噤んだ。それと同時に空気と時間が動き出す。気付けば、ツツジに顔を覗き込まれていた。