04.ツツジと鋼斉
「よいか、妾が言う通りに言葉に出せばよい」
「了解」
短く返事し、月白の言葉を待つ。彼女は分かりやすく短く区切りながら答えるべき事を囁いてくれた。それをそのまま口にする。
「わ、私は女神・月白から遣わされたイキガミ。お役目を成し遂げる為、屋敷に戻ってき……た」
「はい、存じております。ようこそいらっしゃいました、イキガミ様、御館様」
「え、あ」
「私は躑躅と申します。気安く、ツツジ、と呼んで下さいね」
――えっ、警備ザルでは?
名前すら名乗っておらず、役職だけを口にしたがあっさり信じてくれたらしい。他の誰かがイキガミを騙ったらどうするんだ。
「そんな訳あるか。ツツジにはイキガミを見分ける為の能力を与えた。最初に会った時から、其方がイキガミである事には気付いていたのだろうよ。自覚があるかを確認しただけ」
「自覚? してなかったらどうするのさ」
「であれば、これからイキガミである事を懇々と説明したに過ぎぬ。だがまあ、妾が直接、其方に教えるべき事は教えれば良い。ツツジの説明は不要よ」
心中の呟きを汲み取った月白が色々と解説してくれたおかげで、この謎の問答の意味合いは分かった。しかし、月白が見えていないツツジは唐突に虚空を見つめて固まった真白を疑問顔で見ている。
「どうか致しましたか?」
「い、いや、何でも……。えぇっと、御館様というのは?」
「貴方様の事ですよ。だって、貴方の屋敷ではありませんか。あと、もっと気安く。私の事は母だと思って接してくれて構いませんので。尤も、上位者相手に母のように、というのも不敬でしょうが」
「いえ、じゃあお母さんみたいだと思いま、す。あ、その、御館様って言うのには慣れないので真白って呼んで欲しい」
「ましろ、様? 貴方様の御名でしょうか?」
「駄目?」
「……いいえ。貴方様がそう仰るのであれば、私はそうお呼び致しましょう。真白様」
ツツジは非常に話しやすい相手だった。彼女は自身の事を母のように思ってくれていい、と言ったが確かに母親属性がある人だとは思う。最初のイメージは人妻だったあたり、そういうのに縁があるのかもしれない。
「では、真白様。屋敷の中を案内致しますので、こちらへ。屋敷にはもう一人、貴方様の為に用意された者がいますのでそちらとも顔合わせしましょう」
ツツジに促されるまま、屋敷に足を踏み入れる。花の香りに混じって、木造の家の匂いがした。中は新品同様の輝きを放っており、まるでつい最近建てられたかのようだ。
屋敷の内部からは美しく手入れされた庭がよく見える。花が咲いているのが見えたか、当然の如くツツジが咲いていた。全てが全て赤色だ。
しかし何故だろう。あの咲き誇る花々には相応しくない、酷く生臭い匂いが一瞬だけ鼻孔を擽った。気のせいだろうか。或いは食事などの支度をしていたのかもしれない。
程なくして辿り着いたのは大広間のような部屋だった。宴会部屋、とでも言うのだろうか。親族達とお盆などに大勢で夕食を摂った時の事を思い出した。
だが、そんな広い部屋に鎮座しているのはたった一人。何も無いのにぽつんと部屋の中心に老人が一人座っていた。
――より性格に言うのであれば、老人らしき人が座っていた、というべきか。というのもその人物は丁度顔面がある部分に『戦』と書かれた白紙をぺたりと貼っていて顔は分からないからだ。
ただ、そのシワシワの手などを見て老人と勝手に頭が判断した。また、白髪と黒髪の比率が反転している。ほとんど白髪の中にまだ黒い毛が混じっている髪質。冷静になって観察してみても、恐らく老人。男性だろう。
そんな老人にツツジが気安く話し掛けた。さっき言っていた、もう一人の住人はまず彼の事だろう。
「鋼斉。イキガミ様がいらっしゃいました。顔合わせを」
「お役目開始ってやつか。遅すぎる気がせんでもないがね」
「遅くないわ!!」
遅い、と言われた月白が叫ぶ。その叫び声は彼女等に届かないので、結果的には何も知らない真白だけが聞かされた事と相成った。
鋼斉、と呼ばれた老人がこちらを向く。正座していた彼はその場で深々とお辞儀をした。
「鋼斉と申します、御館様」
「え、あ、真白って呼んで……下さい」
「御名を賜れるとは光栄に御座います。俺の事は気軽に鋼斉と呼んでくれて構いませんので」
「どうも、よろしくお願いします」
ツツジとは旧知の友よろしく、普通に話していたのに急に畏まられてしまって面食らった。どう見たって他人にへりくだる人物には見えない。心臓に悪いので、小娘相手に丁寧に接してくるのは控えて欲しい。