1話 迷い込んだ先のなんちゃって珍道中

03.真白の記憶


 夢が覚めるまで、自分で呟いた言葉をじっくりと考えてみる。月白は黙り込んだ真白を困惑顔で見ていたが、思考の邪魔をしようという気はないようで、彼女もまた黙り込んでしまった。
 それをいい事に深く思考を――否、深く考えるまでもない。考えないようにしていただけで、答えは最初から自分で持っていたのだ。

 本名は釈迦堂・グレース真白。名前を聞いたら十中八九、変な顔もしくは笑われる。冗談だろう、と。だけどこれは本名で、容姿を見て貰えば分かるだろう。日本人には無い瞳の色を持って生まれたので、一目瞭然のはずだ。母は外国人で父が日本人のハーフ。そう聞くと名前を聞いて変な顔をした人達はすぐに納得した。

 決して身体が弱い訳ではなかった。ただ運悪く、大病なんてインフルエンザくらいにしかかかった事が無かったのにその皺寄せとばかりに掛かった病は凶悪だったのだ。
 余命宣告だなんてドラマか漫画の中でしか聞いた事の無い台詞をお医者様から宣告され、あれよあれよという間に気付けば宣告通りになっていた。
 ――そう、私は病死した。呆気なく。

 だからつまり、夢から覚める事は無い。それどころか、これが何らかの夢幻でなければ第二の人生が既にスタートしている事になる。人生というか、神生になるのかもしれないが。
 そう自覚してからは早かった。へらへら笑っている場合では無いし、夢だから良いかなどと言っている場合では無いとすぐに思い至ったからだ。

「えーと、月白? 今、家が必要だって話になって私の新しい家に向かっているんだっけ?」
「そうだな。話が急に大幅に戻って驚くぞ……」
「い、いや。もっと自分の事をちゃんと考えた方が良いなって思っただけだから。うん。え? その家って所、私が住んで良いの?」
「其方の為に用意させたのだ。当然であろう? 屋敷には――ううむ、分かりやすく言えば其方の世話役を担っている者達もおる。不自由の無い生活が送れるはずだ」
「先住民がいるって事か! お世話になるにあたり、きちんと挨拶しないとマズいな。道すがらスピーチでも一緒に考えてよ。家とか呼ばれてる場所で気まずい思いはしたくないし」
「ええい、なんぞいきなり!! よいよい! あれ等も其方の為に用意しておいたのだ、気にする事なぞ何も無い。気になるのであれば、妾が背後で説明すべき事を囁いてやるから、少し落ち着け!」

 あまりしつこくしたせいか、とうとう月白に怒られてしまった。仕方無い。追い出されたら彼女を恨むとしよう。

 ***

 見た事も無い大通りを抜け、その太い道の最終地点に屋敷はあった。屋敷、と言われていた時点で予想はしていたがかなり大きな家だ。いや、最早家と呼べるサイズ感ではないだろう。別荘だ、別荘。
 屋敷には近付けば近付く程、花のような芳香が強くなる。決して不快な匂いではないのだが、一般のお宅で育った身としては高貴な香りに緊張が走るのは当然の事だ。

 ずっと道案内をする為、数歩前を歩いていた月白が振り返る。悪戯っぽい、傍目見ていると無邪気そうな笑顔。

「こここそが花屋敷。妾が其方の為にかつて用意した……のだが、何故こんな町のど真ん中に置いたのやら。島を貸しておいたのだがな……」
「島?」

 月白は他者の目に写らない。ので、テレパシーのような技術を彼女自身から教えて貰った。月白とお喋りする時のみ、口を開かずとも言葉を強く念じる事で会話が可能。お陰様で町に入ってからも町人に変な顔をされずに済んだ。
 ともあれ、真白の短い問い掛けに月白は大袈裟に頷く。

「運営方法によっては人数が多くなる可能性があったのと、後はまあ、お役目がお役目だからな。町の真ん中に居を構えてしまうと、攻め込まれた時に面倒故そうしたはず……だったが。ううむ、まあよいか……」
「島を買ってたって事?」
「島を買う? 界にある全ての土地は等しく妾の物よ。買う必要なぞどこにある。無数に作った小さな浮島の一つを提供したに過ぎん」

 再び月白が歩みを再開したのでその後に続く。大きな玄関を越え、立派な庭を越え、ようやく玄関まで辿り着いた。確かに大勢で住めそうな屋敷だ。近くで見ればその大きさがよく分かる。

 ――が、飛びかけていた意識は玄関に立つ女性を発見した瞬間、引き戻された。

「月白。月白! 誰か立ってるよ! 不法侵入とか言って襲いかかってこないかな!?」
「心配性が過ぎる! 襲いかかって来たならば返り討ちにしてやればよい。ここは其方の場所だ」

 勿論、最悪の予想は外れた。玄関に立っていた女性はこちらを見ると上品に微笑み、深々と礼をしたのだ。まるで旅館の女将さん。

「こんにちは。お待ちしておりました」

 穏やかな声を受けて、まじまじと女性を見やる。
 赤ツツジを思わせる変わった色の双眸。濡れ場色の長髪は美しい色の簪に結い上げられている。柔らかな物腰と優美さを兼ね備えている――のだが、大変失礼な事に、ドラマを見過ぎた脳味噌では人妻感を強く感じてしまう。大変申し訳ない。
 いや、見惚れている場合ではなかった。十中八九、彼女が屋敷の先住民だろう。きちんと挨拶しなければ。
 焦る真白を置き去りに、女性が言葉を続ける。

「お越し頂いて申し訳無いのですが、貴方様の事を教えていただけますでしょうか。この花屋敷は界における唯一無二の御方を養う為のもの。それ以外の方々にお引き取りお願いしておりますので……」

 それまで黙っていた月白が後ろで囁く。言うべき事があれば、囁いてやると約束したのをちゃんと覚えてくれていたようだ。