1話 迷い込んだ先のなんちゃって珍道中

02.イキガミ


 黙ったのを落ち着いたのだと勘違いしたらしい、幽霊系美女――先程、月白と名乗った彼女は再び厳かな雰囲気を滲み出すと本題に入る姿勢を取った。

「うむ、落ち着いたか。ではまず、其方と妾には行くべき場所がある。道案内は妾がする故、まずはこの祭壇を下りよ」
「下りる、つったって……。人がひっきりなしに来てるよ? 勝手にここから動いて大丈夫なの?」

 眼下では人の波が途切れる事無く続いている。ここで急に祭壇から下りれば、注目の的になるのは間違いないだろう。どころか、戻れと怒られる可能性だってある。そう思うと、とてもではないが進んで下りようという気にはなれなかった。
 が、そんな真白の気持ちなど全く意に介さず――というか、気付かず、月白はカラカラと笑う。笑い方までどこか上品だった。

「構わぬ。其方を祀っている連中が、其方の行動に関して止める事はない。不敬だからな」
「不敬って、ただの小娘相手に」
「ともかく、参拝者が其方の道を阻む事は無い。安心せよ」

 本当かよ、と心中で悪態を吐きつつも重い腰を上げる。ここに座っていてもどうしようもないし、考えてみれば夢オチだろう。ならば動いてみるのも一興というものだ。
 立ち上がってみると、参拝者達の視線を一身に受ける事となってしまったが成る程確かに行動を咎めるような声は上がらない。先程からずっと繰り返し見ている手順通りに参拝を済ませると速やかに立ち去ってしまう。

「さあ、こちらだ」
「えっ、ああ、階段あったんだ……」
「其方、今その段差を飛び降りる気であったろう? なかなかにせっかちな性格のようだな」

 ――ゴチャゴチャし過ぎて階段とか見えんかったわ。
 胸中でそう呟きつつも、月白の背を追う。もう、勝手に行動せず彼女の背中を追いかけた方が色々と良い気がしてきた。
 しかも、最初は月白について幽霊だと騒いでいたが、あんまりにも彼女がフランクなのでどうでもよくなってきたのも事実。こんな騒がしいお化けなどいるか。

「ねえ、どこに向かっているの?」
「うん? ……ああ、そうさな、家が必要であろう、其方には。妾がかつて用意した屋敷に向かっておるよ」
「家……。家、確かに必要かも」

 住むつもりは全く無いのだが、何故か家が必要だと言われればそんな気がする。
 祭壇を下りてみると、参拝者達は少しばかりざわついたが、行動を止める者は本当に現れなかった。これで良いのかとも思ったが、その方が好都合なので黙っておく。
 それよりも気になった事があった。

「あの、月白さん、何者なの?」
「堅苦しい呼び方は止めよ。妾と其方の仲ではないか」
「いや、出会って数分しか経ってないし」
「さて、何者か? という質問であったな。妾は女神、この世界に唯一存在する神と呼べる存在だった」
「だった? というか、ジョシンとは?」
「女性の神で女神と読む」
「あ、そういう。でも、過去形だね?」
「うむ。既に妾が女神として君臨し、幾星霜が経つ。肉体は滅び、界に干渉する力も無いのでな。最早、女神と呼べる存在では無いのだよ。無論、他に神はおらぬ故、妾にはこの界を運営する責務がある訳だが」
「へえ、何だか大変そうだね」

 1割も理解出来なかったので、取り敢えず相槌を打つ。話があまりにも壮大過ぎて、とても現状と噛み合わなかったのも理解が遠のいた理由の一つだろう。

「ところで、何故あの人達は私に手を合わせていたの?」

 参拝者、と月白は言っていたが何の神聖さも持たない小娘に手を合わせた所で時間の無駄である。それとも、元・女子高生を崇拝する宗教でもあるのだろうか。通報案件としか思えないが。
 ふふ、と何故か月白は美しい笑みを浮かべる。よくぞ聞いた、と言わんばかりの顔だ。

「それはな、其方が本件のイキガミとしてこの地に現れたからよ」
「イキガミ?」
「文字通り、生きている神よな。そしてイキガミとは女神――妾が使わした、新たな界運営の神と民には認識させておる。故に、あの者等は其方に救いを求めて手を合わせておった」
「え? それってつまり、私が神って事?」
「う、うむ、そうなるが……。何と言うかその言葉、なかなかに面白いな」
「ふぅん……。でも私、別に神様じゃないんだけど」
「神だとも、妾が選んだのだから」

 非常に話が大きくなってきた。面白い夢だが、このまま見続けるには些かボリュームが大きすぎる。目覚めるまでにこの夢が完結するとは到底思えない。

「目が……覚めるまで……」
「どうした?」

 いや待て、とても重要な事を忘れている気がする。寝起きの頭をフル回転させて、違和感の正体を探す。何か月白が言っているがそれどころではなかった。本当にとても重要な事なのだから。