01.お化けとの出会い
和太鼓の音と荘厳な鈴の音が聞こえる。まるで縁日でも迷い込んだかのような聴覚情報に、真白はゆっくりと目を開けた。
まず飛込んできた風景は神様でも祭るような、和風テイストの祭壇――を外からではなく内側から見たかのような風景。祭りを行っているという事は何らかの神様を奉っているという事ど同義なのでそれそのものに驚きはない。自身がその神聖な祭壇の中にいる事を除いては。
どうやら外は夜らしい。原始的な松明の証明が明るく外の様子を映し出している。代わる代わる人がやって来ては念入りに手を合わせ、そして元来た道を戻って行く。延々と人を変えて繰り返される光景に目眩がした。これではまるで、真白が奉られているかのようだ、とそう思ったのだ。
――何にしても変な夢だなあ……。
あまりにも現実味の無い光景を目の当たりにし、当然の如く行き着いたのは『夢オチ』という何の捻りも無い考察だった。しかし、それが全てあるとも思う。あまりにも意識があって最後に見た光景と現在の光景が違い過ぎている。
最後に見たのは見慣れた白い天井と、汚れ一つ無いベッドのシーツ。それだけだ。どうしても平和そのものの過去回想と祭壇が結びつかない。何ら関係の無いものでしかないからだろう。
夢だと自覚すれば少しだけ落ち着いた。落ち着いて、敷いてある座布団に座り直す。先程から、随分と座高が低いような気が――
「いや、何でもありか。流石夢」
自分自身の姿を見下ろして思わず呟いた。
年の頃なら10歳前後くらいの年齢だろうか。小さな少女の手足、七五三で着るような可愛らしい着物を着せられている。気分が一気に着せ替え人形のそれへと変わった。
都合の良い事に、祭儀用の鏡を近場で発見した。参拝客らしき人々がこちらの動きに注目しないのを良い事に、それを覗き込んで姿を確認する。やはり、物心の付いていない小学生くらいの頃の自分の姿が鏡に写っていた。
あまりにも意味不明な夢。疲れているのだろうか? 疲れるような事は何一つしていなかった気がするが。
ともあれ、夢は夢。その内場面が切り替わるか、或いは深い眠りに落ちて夢そのものが終了するかのどちらかだろう。真白は脳が睡眠に落ちるのを待つように、その場でボンヤリと待つ事を決めた。
――体感的には数分が経っただろうか。
相変わらず脳は本格的な睡眠には入らず、且つ参拝客達はこちらをチラとも見ようとせずに通り過ぎていく。いい加減、この光景にも飽き飽きしてきた。が、ここから急に飛び降りて奇行に走る度胸は残念ながら持ち合わせていない。
――私、いつになったらちゃんと寝れるんだろう? 夢を視ている間はあまり脳が休まっていないって、昨日テレビでやってたような。それならさっさと寝たいなあ、徹夜とか、苦手だし。
うんざりしながら心中で呟いたその時だった。この夢を見始めてから初めて、人に声を掛けられた。ただし、目の前の参拝客達ではない。背後――即ち、祭壇の最奥からの声だ。
「皆、其方に参っておるのよ。どうだ? なかなかに良い心持ちであろう?」
「ヒッ……!?」
弾かれるように後ろを向く。パーソナルスペースという言葉を知っているか、そう真剣に聞きたくなるような近さの距離に女の顔があった。というか、女がいた訳なのだが、あまりにも近すぎて視界に入るのは整った容だけだったのだ。
否が応でも女の顔が脳に情報として刻まれる。特筆すべきはその外見。アジア人系の顔立ちで、アジアンビューティーとでも呼称するのだったか。とにかく絶世の美女。状況が状況でなければ足を止めてでも顔を覗き込みたくなってしまう事間違いない。更に彼女は高価そうな簪で乳白色の髪を結い上げていた。また、身に付けているのも豪華絢爛な十二単。邪魔じゃないのか。
ここまではいい。ただ目の保養になり、見惚れるだけの話だった。
問題は――彼女が半透明だという事。最初は白い肌のせいでそう見えるのだ、と一瞬だけ納得しかけた。が、いくら白魚のように白い美肌であったとしても後ろの柱が見えるのは絶対におかしい。
危機的状況に瀕し、今まで見た事のない冴え渡りようを見せた脳細胞だったが、真白に出来る事はあまりにも一般的な反応のみだった。
「お、お化け!? めっちゃ怖い!! 誰か! 助けて下さいッ!! リアルホラーは御法度なんですうううう!!」
「エッ」
女が驚いたように目を丸くし、ついでに参拝客もやや怪訝そうに祭壇を遠巻きに見ている。いやいやいや、見てる場合じゃないって。何かお化けがいるんだって、と心中で叫ぶが当然伝わるはずもなかった。
半ベソ状態の真白を見て、流石に不憫に思ったのかお化けの方が励ましにきた。
「まあ、落ち着け。妾は霊などではない。名前は月白という」
「だから何!? どう見たってお化けじゃんんん!! お母さあああん!!」
「驚く程情けないな!? ええい、母はここにはおらぬ! そして、妾の姿は其方にしか見えておらんぞ、頭の具合を疑われたくなければすぐにその口を閉じよ!」
「げっ! 通りで誰も助けてくれないと思った!!」
一人で騒いでいたと知った真白は口を速やかに閉じた。お化けは怖いが発狂したのでは? と周囲に思われるのも耐え難かったからだ。