1話 廃旅館

02.DmeG-W


 ***

 相楽が来た事により、ロビーから客間へ移る事となった。勝手に同行したトキも何故か一緒である。曰く、「まあ、人数は多い方が良いかもな」、という事らしい。嫌な予感しかしない。
 ソファにどっかりと腰掛けた相楽は白々しく話を切り出した。

「おう、お前等最近はどうよ? 調子」
「何ですか、藪から棒に。別に普通ですけど……強いて言うのなら、あまり仕事が無くて楽です」
「そうだろうそうだろう!」

 不自然な上機嫌さ。それは明らかに取り繕ったものであり、確かな面倒事の香りをここまで運んでいる。
 トキが苛立ったように本題を促す。

「それで、要件は?」
「あー、いや、最近暇だろ? で、オッサンは考えた訳だ。今のうちにお前等の怖がりを克服した方が良いんじゃねぇかってな」
「成る程。だからこの組み合わせだったのですね」

 トキの視線がミソギと南雲を捉える。確かに、自分達2人は組合内でも有名な怖がり赤札として慣れ親しまれているが、南雲はともかく自分が怖がらなくなったらマズイのではないだろうか。
 すでに顔を引き攣らせた南雲が自らの肩を抱く。

「ちょ、いきなり何なんすか!? 勘弁してくださいよ、ただでさえ毎日怖い思いしてるって言うのに!」
「いや、多分そんなに怖くないぞ。実はな、この間、組合長での会議の時にVR体験型教育機材の試作品を借りたんだよ。何つったかな、DmeG-Wとかいうやつ。まあ、よく覚えてねぇけど」
「あー、それなら確かに私達も研修時代に似たようなやつを使ったような……」

 研修が終わっていない除霊師は直接、現場へ赴く事が出来ない。ので、体験型云々の機械で現場をある程度学ぶのだ。その機材の新作と言ったところだろう。しかし――

「そんな貴重なもの、どうやって手に入れたんですか?」
「試作品、つったろ。会議の時にうちの赤札がやけにビビるんだよな、つったら試作のお鉢が回って来た。4人同時に体験出来るらしいし、トキもやってみろよ。一人くらい冷静に試作品の具合を試せる奴がいた方が、開発部も安心するだろ」
「まあ……そう言うのでしたら」
「実に嫌そうな顔をするよな、お前」

 へぇ、と南雲が楽しげな声を上げた。同じ怖がり同盟の思わぬ挙動にミソギは目を見開く。

「それって、ようはゲームって事っすよね? なら楽勝だろ、俺、結構得意なんすよ。ゲーム!」
「南雲、ホラーゲームとかやるの?」
「いや? やんないっすけど、ゾンビゲーならやるから大丈夫っしょ! だってホンモノじゃないわけだし!」

 ――大丈夫じゃなさそう……。
 機械を舐め腐った態度が何かのフラグだとしか思えない。しかも、開発部から回って来たものを無下にする事も出来ないだろう。これは最早、給料の出ない仕事と同義だ。
 それを分かっているのか、相楽は断られるという考えが微塵も無いように説明を再開する。

「4ステージあるらしいが、まあ、1つクリアすればいいだろ。あと、様子を開発部に送らなきゃならねぇから、内部モニタで様子は録画するからな。あまり痴態を晒すなよ、ホント」
「はぁ……。断る事も出来なさそうですし、一応チャレンジしてみます」
「おう、その意気だぞ、ミソギ。じゃあこれ、取り扱い説明書な」

 ソファから立ち上がった相楽が部屋から出て行く。それに着いて行くと、すぐ隣の部屋を開けた。
 綺麗に整理されて何も無い部屋には、中心に4つの人がすっぽり中に入れるカプセルのような機械が置いてあるだけだ。やはり研修時代の事が脳裏をチラつく。似たような機械で、目一杯学習させられた記憶だ。

 取り扱い説明書を受け取ったトキが難しい顔でそれを読み込んでいる。一方で、呑気な相楽は再び部屋から出ていくつもりのようだ。

「4人一緒に出来るって言うが、俺はモニタ室で観てっから。何か不具合が起きたら強制終了させるから、心配するなよ!」

 それだけ言い残して、組合長は部屋から出ていった。
 途端、南雲が機械を指さしてはしゃぎ始める。

「おおっ! 面白そうじゃね? ね、ミソギさん!」
「いや別に……。開発部が作ったのなら、絶対に怖いやつじゃん。気が重いわ」
「ネガティブ! 大丈夫ですって! いつも通り、俺もトキ先輩もいるじゃないっすか!」
「だから心配なんだよなあ……」

 正直、自分が怖がるようなそれなら南雲が怖がらないはずがない。となると、今回はお目付役に徹しているトキしかアテになる人物はいないという事になってしまう。はい、地獄決定。

 説明書を読んでいたトキが構造を理解したのか、テキパキと指示を始めた。

「親機と子機というものがあるらしいな。親機にはゲームの終了権限がある。それは私が使おう。貴様等に任せていれば、すぐにゲームを止めるなどと言い出しかねない」
「りょうかーい」

 言われるがまま、例の機械に椅子のように座り、どこか不安定な体勢で背を預ける。ゴチャゴチャとした配線を繋いだり、器具を身に付けた。

「電源を入れてみろ。これで良いだろ……恐らく」
「トキ先輩、機械とか苦手そうっすもんね」

 丸い電源ボタンを押す。抵抗なく押し込まれたそれが起動した瞬間、目の前が真っ暗になった。映画館で映画を観る時の様な感覚と言えばそれが一番近い。
 今、目を閉じているのか開けているのかも分からないが一先ずミソギは目蓋を下ろした。