01.相楽さんの呼び出し
蝉が元気よく鳴いている。ミンミンだったりジジジッ、という謎の騒音を奏でる中、焼けたアルファルトはゆらゆらと蜃気楼を作り出していた。夏の暑さが容赦無く猛威を振るう中、車の助手席から降りたミソギは顔をしかめる。
「あっつ……。トキ、帰りにアイス買って帰ろう?」
「運転するのは私だがな」
「いいじゃん、コンビニ寄ろうよ。というか、真っ昼間から相楽さんは何の用なんだろう」
トキが運転席から降りて来た。
今回、支部へ来たのは相楽の呼び出しに応じたからである。呼ばれたのはミソギだけだったが、電話が掛かって来た時に一緒にいたトキまで巻き添えで支部へ来る事になった。というか、暑くてバス待ちなんて絶対にやりたくなかったので送って欲しいと人目を憚らず懇願した。
地下の駐車場からエスカレーターで支部のロビーへ。かなり冷房が効いているらしく、ほんの少しだけ肌寒い。受付の制服が長袖なので、そのせいもあるのだろう。
手近にあった机に腰掛ける。トキは正面に座って偉そうに足を組んだ。
「夏だし、新しい仕事かな。でも、今年の夏は比較的に暇だよね」
「白札の連中は忙しいようだがな。というか、貴様何をしでかした……。相楽さんからわざわざ呼び出されるなんて相当だぞ」
「や、止めてよね。不安を煽るような事を言うのは」
――何か不始末でもあっただろうか。
しかし、自分は性質上一人で仕事へ行くことはほとんど無い。誰かしら一緒にいたはずなので、単品で呼び出される事は無いはずだ。ここ最近の記憶を掘り返しても、いつだって視界の端にはトキの仏頂面がチラッチラしているわけだし。
「おい、何故黙り込む」
「トキが不安にさせるような事を言うからかな……。あーあ、相楽さん来ないし、お茶でも買って来よう――あ、南雲」
自販機へ向かおうとして立ち上がった拍子に見覚えのある姿が見えた。片手をズボンのポケットに突っ込み、イヤホンを耳に入れ、もう片方の手でスマホを弄っている。先輩で在る自分達の前ではそういう態度を取らないので、全くしっくりくる光景であるにも関わらず一瞬誰なのか分からなかった。
そんな南雲はというと視線に気付いたのか自然な動作でスマホから顔を上げる。目が合った――
「ああっ! センパーイ! ちわーっす!!」
テンションも高く、イヤホンを抜き取り、スマートフォンを仕舞って駆け寄って来た。何だろう、この言い知れない気持ちは。
「おはよう、南雲。どうして支部にいるの?」
「えー、こっちの台詞ですよ! あれっ、トキ先輩もいるじゃーん! 何か、昼間に支部で偶然出会うのって珍しいっすよね!」
なら、と頭を抱えながらトキが呟く。
「偶然じゃないのかもしれないな。南雲、お前は何の用で支部へ来た」
「相楽さんに呼ばれて来たっす!」
「だそうだぞ、お前達は揃いも揃って何をしでかしたんだ」
「え? 先輩達も相楽さんに呼ばれた感じ? じゃあ、仕事の話かな」
違うみたいなんだよね、とミソギは悩ましげな溜息を吐いた。トキも同時に呼ばれたのならば、その可能性はあったがこの面子ならお叱りの可能性がある。主に、夜中に騒ぎすぎた騒音被害なんかの。
それを南雲に説明したところ、目に見えて落ち込んでしまった。誉められて伸びる子なので、基本的に叱られるのは嫌いなのだ。
「えー、何だよ、じゃあ俺等、怒られる為にわざわざ呼び出されたんすか? 休みの日に説教とかとんだブラック企業じゃん……」
「限り無く黒に近いグレーだから、うちは……」
「バックレません? 休日に呼び出しとか絶対ヤバイやつじゃないすか!」
「私達は職場を辞める事が出来ないが、それでも姿をくらませる度胸があるのならば、私はそれを讃えるぞ」
ぎろり、トキに睨まれた。しかし、彼の言い分は一から十まで正論である。何せ、機関は真実『永久就職先』だからだ。才能職であり、人数が限られ、そして機関員が減れば一般市民の安全が脅かされる。大多数の為に少数が犠牲になるのは世の中の理だ。所詮、人間の圧力相手には除霊師とはいえ無力である。
「あー、相楽さんまだかなあ。あの人、いっつも遅いんだよね」
「忙しいんだろう。まあ、あの人は遅刻癖があるがな」
「こっちは忙しくないから、そのまま暇な状態で放置して欲しいのに。ま、世の中上手くいかないように出来てるからね。仕方ないね」
鞄の中からのど飴を取りだして口に放り込む。
「飴食べる? のど飴だけど」
「あざーっす」
「要らん」
漏れなく要ると答えた南雲には、のど飴の袋に片手を突っ込み、つかみ取りをしたそのままを渡す。
「うわっ、こんなたくさんは要らねっす!」
「飴食べすぎて胃がベタベタするから消費手伝ってよ。食べても食べても再補充されるから全然減らないんだよね」
「いつも差し入れで貰ってますからね。そりゃそうでしょうね。うえ、胸焼けしそう……」
などと言いつつも南雲は飴2つを口の中に入れた。別に今すぐ全てを消費しろなんていう虐待じみた事はちっとも考えていなかったが、恐ろしい根性だ。
「おい、相楽さんが来たぞ」
トキの視線は自分を越えて背後に向けられている。首を回してそちらを見ると、呑気に手を振る上司の姿があった。希望的観測かもしれないが――何かに腹を立てているようには見えず、どころか面倒事を持って来た匂いがする。