第1話

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 結界の内部は外と違い、人で溢れ返っていた。恐らく、箱庭荘にいる人員だけでは足りず、休みの人間まで引っ張って来たに違い無い。ちょっとしたお祭り騒ぎ状態。

「こんなにウチって人いたんですね、知りませんでした・・・」
「あー、事務の連中も駆り出されてるな、コレ。アイツ等ってほぼ未能力者だから、あまり現場に連れて来ない方が良いだろうに。見ろよ、あの不安そうな顔」
「まあ、未能力に分類される人って霊が見える程度ですからね・・・嫌でしょうね、こんな所に連れて来られたら」

 未能力者――際だった力は持っていないが、人外を肉眼で目視出来る人間の総称だ。視えるだけで仕事が捗るので、前戦には向かわせないという条件の下、働いている人も多い。この人達の特徴と言えば、視えるだけの普通の人、と言ったところか。
 勿論、特壱班のように人外と戦うような力は持ち合わせていないので、前戦になど出したら怪我じゃ済まないだろう。

「それにしても、変な空気ですね、上総さん」
「え。そうなのか?俺はちっとも感じないけどな」
「感知型の・・・伊織先輩なら多分、もっと敏感にこの空気を感じ取っていると思います」
「へぇ。俺も鵜久森も、気配とか何とかを感知するのってあまり得意じゃないからなあ」
「柊さんも苦手ですよね・・・」
「まあ、アイツは・・・持ち前の性格もあんじゃね?」

 異様な空気。それは、鹿の子と対峙した時に感じたものと少しだけ似ている。ただし、その比では無いし、鹿の子の時は少し引っ掛かる程度だったその空気は煮詰めたように濃く、深くなっている。
 少しだけ――船酔いするような、長時間車内で文字を追っていたような感覚に似ていて、端的に言えば不快だ。

「あー、でも、アレだな。ちょっと気分は悪いかもな」
「多分それですよ。図太いを絵に描いたような上総さんが、そう言うんですから・・・」
「お前よぉ、時々こう・・・棘があるよな。発言に」

 などと話をしている間に、現場の指揮者と話をしてきたらしい鵜久森が帰還した。彼女は珍しく渋い顔をしている。

「おーう、鵜久森。どうだった?」
「今年で一番大規模な時点に、現在進行形で発展してるよ。帰りたい」
「いや頑張れ。いつまでも道路陥没させとくわけにゃ行かねーだろ。で?今どーなってんの、コレ」
「何か、クレーターみたいな大きな綻びが出来てて、そこから人外が上がって来ようとしてるらしいが、正体はまだ不明なんだとよ。まだ綻びの中にいるみたいだ」

 すいません、と果敢にも加佐見は口を挟んだ。

「えっと、人外の数、は・・・?」
「数ぅ?あー、1体つってたかな。とにかく、1体は目撃したって連絡があった・・・らしい」
「らしいって、オイオイ、随分と雑だなぁ」
「仕方無いだろ、先遣隊とかいうのと連絡取れないらしいから」

 やる気が失せる、と頼りない事を言う鵜久森を尻目に、人がドタバタと出入りしている方向を見る。そして、加佐見は首を傾げた。

「・・・本当に、1体なのかな・・・」

 確信の無い独り言は誰の耳にも届かなかった。
 ――僕の思い込みだよね。実際、1体だって連絡は来てるわけだし・・・。