第1話

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 上総の悲鳴を尻目に、真剣な顔に戻った鵜久森がこちらを見る。思わぬ眼力に加佐見は背筋を伸ばした。

「お前さ、優しい奴だから嫌がるかもしれないけど、さっきも言った通り、柊達の仕事と今回の仕事は多分関連性がある。出来ればこっちの仕事はサクッと終わらせて、バックアップに転じたいから、本当に頼むよ、加佐見」
「あ、はい・・・頑張ります・・・」
「出来る限りあたしが解決したいけど、あたしは特付きじゃないし、柊と比べればそんなに戦闘向きってわけでもない。こういう大仕事で本当に役立つのはお前だと思ってるから」
「そんな、僕なんて・・・全然・・・」
「気の持ちようだよ。短距離走然り、持って生まれたものに敵わない身体的特徴ってのはあるもんさ。悲しい事にね」

 まあまあ、と少しばかり気分を持ち直した上総が鵜久森に笑いかける。

「いいから、出発しようぜ。帰りが遅くなったら学生組が可哀相だろ」
「・・・それもそうだ」

 行くぞ、そう言い放った鵜久森が高そうな羽織を翻して音も無く部屋から出て行く。加佐見は慌ててその後を追った。

 ***

 現場は歩きで行ける距離では無かったので、箱庭荘で働いている事務員に送って貰った。多分、事務ってこんな仕事をする人じゃないだろうに、人手不足は随分と深刻らしい。
 車で15分。たどり着いたのは鹿の子と対面した場所とは反対方向の十四区だった。幸いなのか否か、住宅街ではなく工場地帯。人気が全くないが、現場へ近付くにつれてチラホラと同業者の姿を見掛けるようになった。
 ――と、不意に車が停車する。

「――随分と広範囲に結界張ってるみたいだな」

 ボソッ、と鵜久森が呟いた。どうやら結界通り抜け準備の為に、車を停車したようだ。

「あの人、結界師ですかね?」
「んー、ああ、そうだろ。よく分かんねぇけど」
「鵜久森さん・・・」

 上総の適当極まりない答えに辟易し、ちら、と上司に説明を仰ぐと彼女は大きく頷いた。

「アイツ等は結界師だよ。うちの班員にも結界張れる奴加えようかな。でも、伊織もそこそこ張れるし、仕事無いだろうな・・・」
「加佐見。今回は何つって一般人の立ち退き要請出してるか知ってるか」
「いえ、知りませんけど・・・」
「道路の陥没だってよ。最近、でっち上げの仕方が雑だよな、ホント。道路がそう簡単に陥没して堪るかっての」
「その話題、あまり突かない方が良いと思いますよ・・・」

 などと話していると、車の横を2人組の男女が通り過ぎて行った。何とは無しに様子を伺っていると、先程、鵜久森に結界師だと断定された団体へ近付いて行く。そのまま、二言三言会話をした後、先程までいた結界師と交代した。
 ――ああ、交代制なのかな、結界師のお仕事って。
 妙な関心をしていた加佐見の耳に、鵜久森のやっぱり独り言が鮮明に届いた。

「結界師の交代・・・?ああ、本当に大捕物なんだな、今回は」