第1話

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「ふぃー、終わり終わり!で?お前等何をそんなに深刻そうな顔してんの?」
「鵜久森。少し黙って仕事をしていろ」
「そんな事言って、あたしにだけ仕事させる魂胆だろ、お前」

 それに、割と話が終わるのを待っててやったんだけど、とやはり悪戯っぽく笑った鵜久森はどうやら答えに窮した自分を助けてくれたらしかった。と言っても、彼女は秋空のようにその時の情緒が変わるので、いつまでも加佐見の味方というわけではないだろう。
 この期を逃さないように、さり気なく、けれど強引に話を変えた。突かれて痛い話題は、長々と話さないに限る。

「そういえば・・・鵜久森さん達は、今までどこに行ってたんですか・・・?上総さんが、仕事で出てるって言ってたような気がするんですけど・・・」

 それなんだけどさ、と心底うんざりしたように鵜久森が言葉を紡ぐ。

「まーた、アイツ等・・・真白とあの・・・何つったかな、あの刀の人霊?がやらかしてさあ、その後始末」
「千歳原さんの事ですか・・・?」
「そうそう。あいつ、いつの時代生まれだよ。ボールペンの使い方も知らなくてブン殴ってやろうかと思ったよ」
「ええ・・・」
「ま、明日には復帰するだろ。今日はもういいから帰れ、って帰したけどさ」

 ちら、と鵜久森が時計を見る。現在の時刻は午後7時半過ぎ。高校生ならとっくに帰路に着いている時間だが、見ての通り箱庭荘にいる高校生3人は鍛えられているので、あまり時間が遅い事に恐怖を抱かないのだ。
 しかし、そこは一応、職場の保護者。時計の示す時間を見て眉間の皺をグリグリと伸ばした鵜久森が山積みになった書類の束をペラペラと捲り、ややあってこう結論を出した。

「あー、今日はちょっと早いけどもう学生組は帰れ。特にやる事も無いし、今からの時間で何かやらせたって中途半端な事になりそうだし。あ?そういえば、双子どこ行った?アイツ等・・・意外と伊織の方がやらかしてくれるんだよなあ」
「送還室に行ったと、さっき加佐見が言っていただろう。ちゃんと聞け」
「あ?そうだっけ?まあいいや、加佐見、帰りに双子にも今日は解散だって言ってから・・・ああいや、一緒に帰れよ。もう外真っ暗だし」
「こいつ等が不審者如きに負けるわけないだろう。好きにさせろ」
「いーや、その不審者の方も霊能力者とかだったらどうするんだよ。太刀打ち出来ないかもしれないだろ」
「あり得ないと言いたくなる程にはレアケースだな、それ」
「世の中には絶対なんて言葉は無いんだよ、柊」

 ――仲良いよなあ、この人達・・・。
 言葉の掛け合いを楽しんでいる節があるまとめ役達を前に、こっそり溜息を吐く。こうなってしまったら延々と話を続けるので、かなり強引に割って入った。

「あの、じゃあ僕、帰ります。先輩達とは多分一緒に帰る事にはなるんで・・・ご心配無く・・・」
「おーう、お疲れさん」
「帰り道には気を付けろ」
「あ、はい。お疲れ様です」

 ――そういえば、上総さんに合わなかったな。
 いない上司の顔を思い浮かべ、まだ送還室でバタバタしているであろう双子に今日の仕事終了を告げるべく、加佐見は踵を返した。