第1話

2-9


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 ――『特壱班』。
 それが加佐見所属の班名である。ちょっと変な能力であり、人里で一般人に紛れて暮らすにはやや危険が伴う、などの特殊ケース霊術師に与えられる『特級』の称号が与えられている霊術師が数名入っている班には『特』が付いているのだ。
 そんな特壱班に割当てられた執務室の前で加佐見は立ち往生していた。というのも、迷い人保護の報告をしに来たのだが、一緒にいた双子は途中で目を醒ましてしまった鹿の子を抑えつけながら一緒に送還室の方へ行ってしまったので、必然的に報告は加佐見一人で行わなければならなくなったのだ。
 ――それは良い。問題は、部屋の中から聞こえて来る2人組の声だ。
 微かに漏れてくる話し声を聞く限り、仕事を割り振ってきた上総はいない。が、上総の同期にして加佐見の上司に当たる2人組が揃っている事に気付いたのだ。悪い人達ではないが、そこそこ歳が離れているので少し緊張する。

「うう、頑張れ・・・僕・・・!」

 己を鼓舞し、一応ノックする。ほとんどそのノック音に被せるようにして入って良い、と声が掛かった。

「失礼しまーす・・・」

 学校の職員室に入る時のような緊張感。
 そっと顔を上げれば、先に視界に入ったのは女性。肩口まで伸びた鳶色の髪に同じ色の瞳。酷く中性的な顔には悪戯っぽい笑みを浮かべている。彼女の名前は鵜久森。特壱班まとめ役の一人だ。
 そんな彼女の向かい側、畳の上に置かれた椅子に鎮座しているのは柊。やや細身の男性で、茶色の短髪に明るい茶の瞳をしている。興味無さそうに細められた目は人を萎縮させる力があるし、先に述べた「式見と似た戦い方の仲間」は彼の事だ。と言っても、式見の現師匠なので戦い方がそっくり同じなのは当然の理なのだが。

「ああ、お帰り。何だっけ?上総が勝手に仕事割り振ったらしいけど、怪我人は勿論出てないんだよな?」

 先に口を開いたのは畳に正座していた鵜久森だった。確認するように問い掛けられた一方で、その口調には確信めいた響きがある。

「はい。・・・えっと、迷い人は無事に保護して・・・今、式見先輩達が送還室に連れて行っています・・・」
「保護?強制じゃないの?」
「え、まあ、そうですね・・・式見先輩が『保護』で良いと言うんで・・・」
「あ、そ。オッケー、保護ね、保護」

 書類に何かペンで書き込み始めた鵜久森に代わり、それまで無言だった柊が口を開いた。

「保護にしては遅かったな。お前達が箱庭荘を出たのは3時間も前だと聞いたが。保護が難しいのなら処分しても良かったのにな」
「いえ、殺しちゃうのは、ちょっと・・・その・・・」
「式見が捕獲したのか?」
「あ、はい。僕がやると、うっかり絞め殺してしまいそうで・・・」

 お前、と少しばかり身を乗り出した柊が目を眇めた。不機嫌、と言うよりは呆れているといった体で。

「お前は何故そんなに便利な力を持っているのに上手く活用しないんだ。使えるものは使った方が得だぞ。制御不能だとか言っている場合か。それだと相手によっては怪我では済まないぞ」
「え、っと・・・でも、そんな相手、今までいた事なんて・・・無いですし・・・」
「これからもそうだとは限らない。お前の手に負えないような人外が現れたとして、俺達にお前をお守りする余裕があるとも思えないしな」
「でも・・・」
「自分の手足のように能力を制御する術を考えろ。お前の怪我の責任を取るのはお前ではない事を忘れるな」