第1話

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「本当に追い込めてるのかなあ、これ・・・」

 歩き始めて数分。誰も聞いていないとは知りつつもそう溢さずにはいられなかった。加佐見はゆっくりと周囲を見回す。人っ子一人いない、今やゴーストタウンと化した住宅地。当然、人影は見えないし、捜している迷い人らしき存在も確認出来なかった。
 自分の才能が特殊ファイター型である事は重々承知している。
 探索も出来るけれど、加佐見の力が真価を発揮するのはリアルファイトに持ち込まれた時の方が圧倒的に多い。そうして、その度に思うのだ。
 ――人間の才能は必ずしも、人格に、或いは持ち前の性格に沿ったものが与えられるとは限らないのだと。
 その点でいくと、ほぼ同期の双子は大したものだ。それぞれの得意分野が見事に分かたれ、そしてその性格に見合った才能を所持している。羨ましい限りだ。戦う能力なんて要らない、この結界を張った裏方のような役割の方が自分には合っている。それは、性格的な問題だけれど。

「あ・・・っ!」

 あまりにも何も無い長閑な景色が広がるので、ついつい深い思考の海へ沈み込んでしまった。が、恐らく普通に仕事をしていても気がつかなかっただろうが。
 加佐見がそれに気付いたのは地面を見ていたその視界に黒い影が差したからだ。基本的に姿勢が悪い、前を見て歩けと言われる典型的な猫背姿勢の加佐見は人の接近に気付くのが遅い。
 視界に入った影を辿り、慌てて顔を上げる。まだ目的地には到着していないはずだが、何かあって誰かが迎えに来たのだろうか――

「あ、え・・・?誰・・・・・・?」
「誰?アタシに言ってんの、それ!失礼な人間!頭から食べちゃうわよ!」
「・・・ええ・・・」

 キンキン声で早口に捲し立てる声は女性のものだった。というか、金髪ポニーテール、その頭からはおよそ人間のパーツではない――鹿、トナカイ辺りの動物の角が生えている。
 ――ああ、この人が例の迷い人だ・・・!!
 瞬時に理解し、慌てて距離を取る。ゼロ距離だったので多少離れたぐらいでは殴り掛かって来られたりなんかしたら一溜まりも無いが、要は気の持ちよう。気分の安寧である。

「あ、あの・・・えーっと、その・・・」
「何よッ!ハッキリ喋りなさいよね愚図!!」
「ぐ、ぐず・・・。いや、そうじゃなくて・・・えーっと、まさか、君がこの辺りを彷徨いてる迷子、かなって・・・」
「迷子!?誰が迷子よ!だいたい――」
「あ、待って」

 頭痛がしてきた。彼女の早口は基本的にコミュニケーションを苦手とする加佐見には聞き取り辛いし、思わず流してしまいそうになったが、これ以上言わせてはいけない。互いの為にも。
 制止の声に案外素直に従った彼女は怒り顔のまま、腕を組み人差し指で自身の指をトントンと叩いている。明らかにヤキモキしているようだった。

「あの、さ。迷子って事にしておいた方が・・・良いと思う・・・。今日、人手が足りなくて・・・ちょっと恐い人が一緒に来てるから・・・あまり言うと、その、危ない、かも」

 言いながら脳裏に浮かぶのは伊織の姿だ。
 今回の仕事は名目上、『迷子の保護』。しかし、その迷い人である目の前の彼女がそれを否定してしまうと仕事が変わる。『不法侵入者の強制送還』、或いは『不法侵入者の強制処分』に。
 ちょっとサイコの気がある伊織のような人物は前者を好まない。箱庭荘まで抵抗する人外を連れて帰るのが面倒だからだ。であれば、後者を選びざるを得なくなるが、端的に言えばその場で殺害してしまおうという物騒極まり無い仕事である。そんなスプラッタ、明日も学校だと言うのに見たくはない。

「な、何よ・・・人間のくせに!あたしがそんなの恐がると思ってるの!?」
「しーっ!え、迷子じゃないなら、何でここにいるの・・・?」
「知らないわよ!気付いたらここにいたの!生きてる人間がたくさんいるし、あたしをこんなに狭い所に閉じ込めるなんて信じられない!山に帰りたい!」
「それは迷子なんじゃ・・・」
「ハァ!?」