第1話

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 はいはい、と気を取り直したらしい上総がめげることなく話を再開する。もうそれは意地の境地だと言っても過言ではない。

「で、その迷い人報告なんだがな、力はそんなに強くねぇ。物理的、特殊的観点から見てもな。ただ足がアホみたいに速いそうだ」
「えっ、足が速いんですか・・・?僕、あまり足には自信がないんですけど・・・」
「加佐見。お前さ、何でそんな立派な力持ってんのに走って捕まえようとすんの?使えよ、持ってる力を」
「あっ、そ、そうでした・・・。てっきり網持って走って追い掛けるのかと・・・」
「あれっ、今までどうやって仕事してたっけ?そんな仕事の仕方、させた事あったっけ!?」

 上総が頭を抱える。が、頭を抱えたいのはこちらだ、とこっそり加佐見は溜息を吐いた。彼には分からないだろうし、他の誰も共感してくれる者はいないだろうが、霊能力なんてそんな万能なものじゃない。これだったらハッキリした力を持っている、伊織や式見の符術の方が余程使いやすいだろう。

「・・・特徴とかは?」

 話を聞いているのかいないのか、ぼんやりとした顔をしていた式見が不意に尋ねた。項垂れていた上総が即座に反応し、問いに答える。

「おう、金髪ポニーテールの女だったらしいぜ。ま、速過ぎてよく見えてねぇだろうが」
「上総さーん、それ、本当に信用出来る目撃情報なんですよね?」
「結界師連中がそう言ってたから間違いねぇだろ。ま、奴等、今回は手間取って4、5人くらい出て行ったけど」
「あー、だから今日ってここにあまり人がいないんですね」
「言っとくけど、鵜久森達は別件だぞ」

 すっ、と話は終わったと言わんばかりに式見が立ち上がった。釣られたのか、伊織も何故か立ち上がる。

「場所は・・・?」
「お、もう出るか?やっぱりお前がまとめ役でいてくれるとメリハリが付いていいな。隣街だ、西区の方な。かなり大規模に交通規制しちまってるから、行けばすぐに分かる」
「了解」
「あ、あと一つ。何でも、磁場が狂ってるっぽくて一般人の中に体調不良者が出てる。お前等にゃ要らん心配だろうが、気分悪くなったらすぐ離脱しろよ。鵜久森達はいつ帰って来るか分からんから、バックアップはいねぇぞ」
「マジですか。分かりました!じゃ、行って来ます!」

 式見の代わりに応じた伊織が跳ねるような動きで、すでに部屋を出てしまった双子の片割れを追う。元気だなあ、などと呟きつつ、加佐見もその後を追った。
 すでに靴を履いて待っていた伊織に、「すいません」、と謎の謝罪を溢しながらもたもたと靴を履く。この制靴、少し小さくなってきているようだ。遅れてやって来た成長期だろうか。

「そういえばさ、加佐見くんは磁場系の狂いって平気なの?君、変わった力を使うからその辺よく分からないんだけど」
「磁場、ですか・・・はい、大丈夫だと思います。今まで霊に合って具合が悪くなった事はありませんから・・・」
「そう?ならいいけれど・・・って、今までも磁場狂いの現場行った事あるよね」
「忠告される程、狂ってる場所に行くのは初めてです・・・」

 そう、上総は様々な事を送り出す時に注意してくれるが、今まで「磁場が狂ってて体調不良者が出た」という注意を受けた事は無い。
 そもそも、霊を目視する程の力を持たない人間は磁場の影響を受けにくい。具合が悪くなる層というのは中途半端に視えてしまう人だとか、敏感体質だとか、とにかく一部の限られた人だけだ。

「裏がありそうだ」

 ボソッ、と放たれた式見の一言が学生組の中に深く深く浸透していった。