第1話

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 特壱班まとめ役にして相談役、上総。
 彼は霊術師でもなければ、目立った霊能力を持っているわけでもないがとにかく他者の機微が読める。他に二人、まとめ役もとい保護者がいるが、彼等を前にすればすぐに分かるだろう。世の中は腕っ節だけではどうにもならない事が多々あると。

「おーう、3人・・・全員いるな。じゃ、仕事の説明始めるぞ」

 執務室は畳だ。正座する事で丁度良い机が数個、大きなホワイトボードが一つだけ置いてある。和風な会議室、と言った体だ。基本的に特壱班は脳筋班なので大量の書類が置いてあったりする事は無い。箱庭荘は適材適所を掲げているので、デスクワークは事務系の人間をちゃんと置いているのだ。
 そんなデスクワーク係の一人である上総は数枚のプリントに視線を落としている。片方の手には黒いマジック。

「上総さん、今日は私達だけですか?」
「うん。今日は学生組しかいねぇの。悪かったな、俺は現場へ行く許可が下りてない」
「えぇ・・・大丈夫かな・・・」

 思わず不安そうな声を上げたが、それに気付いたのは隣に胡座を掻いて座っていた式見だけで、しかも肩に手を置かれるという雑な慰め方をされた。それだったら放っておいて欲しい。
 思わず今日はいない上司二人の姿を捜してしまったが、やっぱりいない事に変わりはなかった。

「はいはい、仕事内容を説明するぞ。そんな難しい事じゃねぇから3人もいるし平気だって。よし、元気よく行ってみよー」
「勿体振ってないでさっさと教えてください」
「伊織、大人は敬おうな。で、分類は『保護案件』だ。迷い人の保護と送還な」
「面倒そう・・・」

 ボソッ、と式見が呟いた。全面的に同意せざるを得ない。
 我々人間が住んでいる場所を『人界』とし、死んだ人間が向かう場所を『霊界』と霊術院では便宜上そう呼んでいる。冥界の方がしっくり来ると思うだろうが、この未観測世界である『霊界』は存在の有無が有耶無耶だ。それっぽいものはあるし、そこから『何か』がやって来るけれど、その世界の情報は今まで何一つ手に入っていない。何故ならその『何か』でさえ『そちら側』を観測出来ていないからだ。聞いても出て来るのは人界と呼ばれている世界の情報ばかり。
 では霊界とは何なのか。或いは人界にピッタリ重なった裏面世界なのか。或いは、よく似た異世界なのか。研究は進んでいるが、答えはまだ出ていない。

「あの、怪我人とか・・・出ませんよね?式見先輩」
「・・・分からない」

 伊織と上総が言い争っているのを横目に、何とはなしに双子の兄にそう言ってみたが、返って来たのは素っ気ない一言のみだった。もう慣れたので傷付いたりはしないが、会話が途切れて酷く気まずい気分に陥る。

「はいはーい、よく聞けって!日が暮れたら危険度増すだろ、いいから日が落ちる前に帰って来てくれよホント!今日は柊達いねぇんだよ、お前等が怪我したら俺の責任になっちゃうの!」
「じゃあ早く情報出してくださいよ。私達は結局、どこへ行けばいいんですか。車ですか?徒歩ですか?」
「てんめぇぇぇ!だから!今それを説明しようとしてんだろうが!!」
「煩い」

 スパッ、と斬れ味抜群に挟み込まれたシンプルな言葉に一同が静まり返る。言葉を発したのは式見だ。
 いの一番に我に返った伊織が慌ててその言葉を『翻訳』する。

「あ、ギャーギャー大人が騒いでんじゃねぇ、良いから早く話進めろ、って式見は言ってると思います」
「言い直してなお悪くなってんだろうが!それだったら煩い、だけの方がまだ良かったわ!」
「・・・っ、・・・・!?」

 式見がオロオロと周囲を見回す。ああ、どうやら高性能翻訳機の翻訳が失敗したらしい。明らかに「そんな事は言っていないんです」、と言いたげな顔だ。仕方が無いので、「僕だけはそうは言いたかったわけじゃないって分かってますよ」、という意味を込めて親指を立てて返した。微妙そうな顔をされた。