3話:忘れられない体験学習

04.苦手な分野

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 体験学習2日目。
 本日もスタートはトレーニングルームだった。ただし、今回は何というか柔道をするような広い部屋である。足元はゴム質で怪我防止仕様になっているし、体育館よろしく床にラインが引かれている。

「クラウスさん、今日は何をするんですか?」

 聞いてすぐに後悔した。今日も今日とて暗い面持ちのクラウスは、いつにもまして鬱屈とした空気を放っている。心底嫌な事をこれからやるんだ、という雰囲気がひしひしと感じられた。
 ややあって、クラウスが重々しく口を開く。

「今日は……最低限の護身術を身に着ける訓練をするよ」
「ええ……」

 ――この間、全然ダメだったやつだ……!!
 格闘技、体術など触った事すらない。イメージが湧くような代物でもないので、恐らく連中したところで改善しはしないだろう。それに、この謎の力はともかくとして元来自分は物覚えと運動神経があまりよろしくない。

「クラウスさん、私が言うのも何ですけど、無理そうじゃないですか? だからそんなに暗い顔をしているんですよね……?」
「いや、というか、僕が君に怪我をさせないかが心配だよ……。しかも、掠り傷なんかじゃ済まないよ、きっと」
「ふ、不吉! 止めましょうよ、やる前からそういう事を言うのは!」

 今回もまた指導者の心が始まる前から折れている。彼、一体何なら自信を持って出来るのだろうか。逆に疑問である。しかも、顔を上げたクラウスはそれこそ答えようのない問いかけまでしてきた。

「何から教えればいいんだろうね。僕は割と、格闘技とか齧ってる方だから……。あまりにも素人過ぎる人に、何から教えていいのか分からないよ」
「そんなの、私にだって分かりませんよ」
「そうだよね……。うーん、取り敢えず組手でもやってみようかな。これなら、僕もうっかりで怪我をさせる事は無さそうだし」
「本当に? こんな力を持ってて説得力無いですけど、私みたいなか弱い女子高生は地面に背中を打ち付けただけで骨がポッキリ行っちゃう可能性ありますけど……」
「ええ? も、脆いんだね、ジョシコウセイって」

 女子校生が脆いと言うより、現代人が弱いと言った方が正しいだろう。再び顔を曇らせたクラウスだったが、気を取り直したように気弱そうな笑みを浮かべた。

「あ、でも、君には結界があるからね。そう簡単には怪我なんてしないんじゃないかな……」
「いやあの、あれもどうやって発動させてるか分からないんですけど。あまり思い切りやらないで欲しいです」

 よく分からん力を過信して怪我をするのはごめんなので、釘を刺しておいた。案の定、クラウスは絶望しきった顔をしている。悪いなとは思ったが、相手に怪我をさせた方が彼のメンタルが崩壊しそうなので。

 しかし、数秒もすればクラウスは何とか立ち直った。やはり仕事は仕事なので、きちんとやるべきだという良心が優ったものと思われる。

「と、とにかく。僕は君が怪我をしないように気を付けるから……壱花ちゃんも、怪我をしないように気を付けてね」
「えぇっ……」

 いや無理、そう思ったが思い詰めた表情のクラウスを前に口を噤んだ。もうここは気合で乗り切るしかない。

 昨日のテスト時のように、一定の距離を取ってクラウスが構える。よく分からないが、テレビとかで見たようなそうでもないような構えだ。間違いなく日常生活では使わない事だろう。
 既に壱花の方から動かないのは織り込み済みのようで、早々に彼が足を一歩踏み出した。本能的に壱花もまた一歩下がる。距離を詰められたら死ぬ、という警鐘を脳が鳴らしているのが聞こえた。

 怯えきった表情でもしていたのだろうか。クラウスがやや気まずそうに眉根を寄せるのが見えた。
 ただし、その足は止まらない。
 3歩目を数えた瞬間、視界が反転した。息を呑んだ刹那には、柔く背中を床に打つ。全く痛くは無かったというか、床に衝突する前に腕を引かれたので強打はしなかったらしい。

 起き上がった壱花は何が起きたのか、いまいち理解できないまま、クラウスにすいませんと頭を下げた。

「ちょっと意味が分からないので、護身術? とか、無理そうです」
「うわあ、凄く弱いね、壱花ちゃん……」

 何故かドン引きされたが、言う通りなので反抗はしなかった。というか、出来なかった。