3話:忘れられない体験学習

03.維持する力

「それじゃあ、次へ行きましょうか!」

 嬉々としてアナベラがそう言った。異論はないので頷くと、何故か彼女は酷く楽しそうに破顔する。何と言うか、無邪気な少女のような笑みで、やや壱花の不安を煽った。

「実はあたし、今日はこれを楽しみに来てるのよね」
「どれ、でしょうか?」
「結界の波長調査よ!」

 調査、という痛みを伴わなさそうな言葉にやや緊張が抜ける。テスト、だったらこの間のように体格の良い誰かが殴り掛かって来る恐れもあるが、調査なら平気、そんな気がした。

「それの波長ってどうやってチェックするんですか?」
「んー、壱花は立っているだけで良いわ。魔法のスペシャリスト、魔女に任せなさい!」
「はあ、お願いします……」
「ピンと来ていないみたいね」

 そりゃそうだ、と思ったが立っているだけで良いとの事だったので、黙って直立不動状態になる。ただ、自分は学校の朝会なんかで具合が悪くなって座り込んでしまう系の女子なので、長引くようなら椅子が欲しいものだ。
 何と言うか、特に立っておく必要性を感じないのと興味の無い長話を聞かされる事によって、呼吸を忘れてしまうのかもしれない。その結果、立ち眩みだの何だのを併発するのではないのだろうか。

 壱花の周囲をゆっくりと歩きながら、眼を細め、時には屈み、とアナベラは延々と周囲をちょこちょこと移動し続けている。気になってその様子を見ていると、不意に背後からガァンッ、という音がした。驚きに肩が跳ねる。

「な、何!?」
「あ、ごめん」

 手刀を振り下ろした状態のクラウスが驚いた顔で謝罪した。いや、その反応はおかしい。驚いたのはこちらの方だ。

「び、ビックリしたじゃないですか。え、何ですか、急に……」
「ああいや、アナベラさんから定期的に結界が消えていないか、チェックするように言われてて……」
「急に殴る必要、無くないですか?」
「あ、そういうものだから。壱花ちゃんはしっかり結界を張っておいてね」

 特に張った覚えの無い結界だが、それが無かった場合、今の手刀は壱花の肩に突き刺さっていたのだろうか。信じられない事実に開いた口が塞がらない。

 その後も、時折ぱこぱこと結界を叩かれつつ、数分を過ごした。諸々の事情を加味し、アナベラが結論を下す。

「結界の波長は一定ではないわね。常に移り変わっているわ。見た事のない結界だけれど……非常に興味深い。是非とも、その内手持ちの魔法として作成したいと思っているわ」
「そうですか。結界に関しては、僕が叩いても……作用しているようでした。無意識下でも作用するようです」
「そうね。コントロール能力は置いておくとして、維持能力がとても高いわ。術師としては心強いんじゃないかしら」

 訳の分からない話が繰り広げられるのをぼんやりと見守る。しかし、次の瞬間、急速に意識を引き戻された。

「今日、この後はどうなっているの? クラウス」
「もうやるべき事は終えたので、解散です……」
「えっ、もう!? まだ午前ですよ、クラウスさん」

 思わず口を挟む。ここ数日で気付いたが、何も無い日はやる事も無いので暇な事この上ない。今日は色々やると言っていたから、退屈凌ぎにはなるだろうと思っていただけに今の発言は衝撃的だった。
 申し訳無さそうな顔をしたクラウスはしかし、首を横に振る。申し訳無い、それだけの話らしい。

「ごめんね、壱花ちゃん……。団長が君に無理をさせないように、っていう意向だから。今日は大人しく、部屋に戻って休んでね」
「そ、そんな事言われたって! 超暇なんですよ!? じゃ、じゃあクラウスさん、私と遊びましょう? トランプでも花札でも、何でも良いから」
「ええ?」

 困惑した表情のクラウスに対し、アナベラが悪戯っぽい笑みを浮かべて囁く。

「あたしは今から仕事だけど、クラウス、あんたは暇だったはず。壱花と遊んでやりなさいな。暇だって言っている事だし」
「まあ、トランプか……それくらいなら……。多分、1時間もせずに飽きると思うけど」

 暇潰しに付き合ってくれるらしい。壱花はその様子にホッと胸をなで下ろした。退屈だと、逆に悲しくなってくるので本当に有り難い。