2話:自由と安全の二択

05.イメージの力


 それが危険な事であるのかを確認したい一心で他2人の反応を伺う。アナベラは口元に白い手を当てて、何かを思案するように眉根を寄せていた。一方、クラウスは完全に引き攣った顔で自分と団長&隊長の組み合わせを交互に見ている。
 結論。これ危険な事をやろうとしているようだ。

 そんな壱花の意識を引き戻すかのように、イングヴァルが好戦的な笑みを向けてくる。それは頼もしさでもあり、同時に獰猛な肉食獣のような雰囲気を感じさせるのに十分だ。

「よしよし、絶対にその場から動くなよ、壱花。術師の本体は脆いものだと相場が決まっておる」
「え、えー」

 反射的な恐怖心が湧き上がる言葉だったが、魔法の言葉「どうせ夢だし」で全てを諦めた。何が起きても大したダメージは無いのだと。
 諦めと達観を、腹をくくったと思ったのか隊長はうんうん、と頻りに頷いている。

「行くぞ」

 体術を極めている、そんな美しいフォームで極々自然にイングヴァルが左手を引いた。間違い無く強い力で殴られるような光景に、思わず息を呑む。生理現象だろう、ぎゅっと目を瞑った。
 瞬間、ガラス数枚を纏めて叩き割ったかのような音が響き渡る。

「うむ。物理抵抗は強く無い。が、カウンター機能が付いておるぞ。んー、何でこんな機能が……」

 恐る恐る目を開けると、いつの間にかイングヴァルの隣にイザベラが並んでいた。彼女の白くて細い指が、隊長殿の腕に添えられているのを見る。その隊長殿はと言うと、律儀にオルグレンに結果を報告していた。
 やはり紙にペンを走らせる団長は深々と首を縦に振る。

「実用性に優れているな。ただし、物理攻撃は受けない事が前提……。いや、お前が竜種でなければカウンターで相手も即死だったかもしれないな。壊される事が前提、なのかもしれない」
「何故かしら? あたしに限らず術師の結界は壊されない事が前提なのに」
「要検証、だな。合理的な仕組みがあるのかもしれない。彼女は――そう、『カミサマ』なのだから」

 本人を置いてけぼりで話が進む進む。ただし、訳知り3人の会話に着いて行けなかったのか、クラウスだけは暗い面持ちでその会話風景を眺めていた。
 壱花の視線に気付くと、彼は少しだけ苦笑めいた笑みを浮かべる。

「君も……何だか災難だね。怪我はしていない?」
「はあ、してないです」
「そうだろうね。隊長の軌道コントロールは完璧だった」

 薄く笑うクラウスを見ていると、訳知り達の議論は何らかの決着をしたらしい。アナベラに呼ばれる。

「待たせちゃってごめんなさいね。じゃあ、隣の部屋へ移動するわよ。次のテストは……そうねえ。壱花、貴方には何の危害も加えられないわね」

 ***

 隣の部屋は何故かたくさんのロッカーが立ち並ぶ部屋だった。ただし、壁際にぴったりと備え付けられているので、部屋の中央には何も置かれていない。端的に言って、何の為の部屋なのかが全く不明だった。

 困惑する壱花を余所に、バインダーを持っていたオルグレン団長がアナベラに指示を出す。

「まずは右から2番目のロッカーから試してみるとしよう」
「了解。もうちょっと待っていてね、壱花」

 長く細い足でカツカツとロッカーへ歩み寄った彼女は、おもむろにロッカーを開けた。中に何が入っているのかは自分よりずっと高い彼女の身長で見えなかったが、向き直った彼女は手に人形を持っていた。
 人に似た等身のそれではなく、どちらかと言うとぬいぐるみのようなボディ。見た目は重要では無いのだろう。人間を模しているはずのそれは、肌部分の布が青緑色だった。それの胴体を片手で握りしめているアナベラが、人形を手渡してくる。

 ――重い。ずっしりと。
 中身は綿ではないのかもしれないな、と漠然とそう思った。

「はい、じゃあ壱花ちゃん。これを持っていて頂戴。……団長! もう初めても?」
「ああ。では壱花、その人形をどんな形でも良い。破壊してみてくれないか?」
「……え? これを引き千切れ、って事ですか?」

 困惑してそう訊ねると、久しぶりにオルグレンがペーパーから顔を上げた。何故か僅かに疑問顔だ。

「……? 手で引き千切る方が楽ならば、私は止めないが……」

 頭と胴に掛けていた手を、一先ずはおさめる。彼のドン引きしたような顔を見れば、それが彼等の望む方法でない事は明白だった。

 ただ、指示の意味が分からないのも事実なので、もう一度頭に手を掛け、引っ張ってみる。そもそも中身が綿ではないせいか、非常に重くて上手く力が入らない。というか、貧弱な自分にこれを引き裂ける力などあるはずがなかった。
 しかし、試してみて気付いた事がある。

「……」

 今度は『手』には力を込めなかった。しかし、壱花の意思通り、イメージ通りに人形が首から裂け、中から変わった色の砂が溢れだす。これじゃ重いはずだ。

「成る程。このくらいならば朝飯前という訳か」
「はあ……」

 夢とは即ち、イメージの力。
 想像力を動員し、或いは持ち前の知っている光景を動員し、人形を引き千切ったのだ。何となく原理が分かって来た。出来ると信じていれば、何でも出来るのかもしれない。現に、『自分の力で』この人形を引き千切る事は出来なかった。何故なら、何の部活にも入っていない帰宅部の女子高生の力など高が知れているからだ。
 しかし、『もし』自分にそれ以外の超常的な力があったのならば。人形を引き裂くくらい簡単な事かも知れない。