2話:自由と安全の二択

04.結界強度テスト


 建物の中へ入る。あまり文明は進んでいないように思われたが、そんな事は無かった。石の壁は頑丈そうだし、電子機器類こそ無いものの、工夫の施されたトレーニングマシーンのようなものも置いてある。一見して、ジムのようだと判別出来る程度にはだ。
 階段を上って2階へ。食堂の時にクラウスが言っていたが、自分は他人と会ってはいけないらしく、どこの部屋も無人だった。

「――さて、一つ目だ。結界の耐久テスト……最初にしてはなかなか恐怖心を煽る内容だ」
「恐怖心……?」

 オルグレン団長の不穏な一言に思わず問い返してみるも、バインダーの書類を捲っていた彼の耳に自分の声は届かなかったらしい。壱花は若干の不安を胸に、聞いた事には答えてくれそうなアナベラへ視線を投げた。
 うふふ、と妖艶に微笑んだアナベラが聞きたい事に対する問いを口にする。

「やってみれば分かるわ。大丈夫、あたしが試験管なのよ? うっかり貴方を潰してしまうなんて事にはならないわ!」
「いっ、いやいやいや! 潰れる可能性があるって事ですか?」
「大丈夫だって。あたしは魔女なのよ? 壱花が潰れないように、ちゃぁんとコントロールするから」

 ――嫌な予感しかしないし、こういう奴に限ってやらかすものだ。
 そう思いはしたが、まあ、うっかり圧死した時はした時というものである。これはただの夢。この夢から覚めるだけで、特に重篤な問題が発生する訳では無い。

 ここで、書類に夢中だった団長殿が会話にログインした。ただし、視線は持っているペンとペーパーに向けられている。

「やり方の概要を説明しておく。君は部屋の真ん中に立ち、結界を起動させるだけでいい」
「いや待って。結界……?」

 またもや蚊の鳴くような壱花の言葉はスルーされた。クラウスに連れられ、広い部屋の真ん中に立たせられる。

「イザベラさん、この辺で良いですか?」
「ええ。じゃあ壱花、早速結界を――って、もう準備万端みたいね」
「えっ」
「ゆっくり圧を掛けていくから、結界の維持だけに集中して頂戴。いきなり力を抜いたりすると、かえって危険よ」
「えっ」

 ――いやいや待って、結界とか張ってないから! というか、結界って何?
 準備万端も何も、何を準備して良い状態なのかが分からない。その旨を伝えようとするが、アナベラはとにかく人の話を聞かなかった。
 すでに軽く目を閉じ、ぶつぶつと何か言葉を吐き出している。それがまるで聞き取れないというか、意味のある羅列に感じられず、壱花は一層困惑した。

 そうこうしているうちに、頭上から淡い光が降り注ぐ。頭上を見て、目を見開いた。
 それはステンドグラスに似ている。ステンドグラスを、正面から見ているような。サークル状になったそれは、下に立っている壱花を押し潰さんばかりにゆっくりと迫ってきていた。
 圧を掛ける、の意味を唐突に理解する。これが下がってくる事で、結界とやらの強度を試しているのだ。強制プレス機かよ。

 壱花が真っ直ぐに立っていた場合、頭からステンドグラスのようなものの位置まで僅か数センチ。ただし、それはそこから動きが止まったかのように静止している。

「壱花ちゃん、動いちゃ駄目だよ……!」
「え、す、すいません」

 思わずその全自動プレス機の下から避けようとしたら、すかさずクラウスにそう注意された。

 くすくす、とイザベラが笑みを溢す。

「あら壱花、魔法が得意なのね。とっても頑丈な結界よ」
「ええ……?」
「魔法が苦手な子って、うちの部隊には多いからとても良いわね」

 ミシミシ、と頭上から不吉な音がしている。動きが止まっているかのように見えたプレス機だが、賢明に真下にいる人間を押し潰そうと圧を掛けてきているようだった。ややあって、その不吉な音が止まる。

「はい、終了。団長、トレーニングルームの限界を迎えました」
「ご苦労。壱花も、もう力を抜いて構わない」
「あ、はあ……」

 特に何もしていないというか、突っ立っていただけなのだが。どうすれば良いのか分からず、その場に留まる。この場の総指揮を執っているオルグレンは、凄まじい速度で書類に何事かを書き込んでいた。
 ――と、その手が全く唐突にピタリと止まる。青い視線が壱花を見、そして大人しく立っていたイングヴァルへ向けられる。

「……魔法には完全な耐性を持っていた。が、物理はどうだろうか」

 不穏な呟き。それを聞いていたイングヴァルははっは、と笑い声を上げた。

「儂にそれを試せと? それは構わぬが、アナベラの攻撃魔法をあっさり防いで見せたからのう。それなりの力で拳を叩き付けるが、中身までうっかりミンチにしてしまったも構わぬのか?」
「いや、何も結界の中心に拳を通す必要は無い。端に当てて、壊れるか試すようにと言っている」
「うん? 壱花を避け、結界の端だけを殴ると、そういう意味か?」
「ああ」

 ――いや、私の意見は?
 勝手にトントン拍子で進む実験計画。普通に何でこの結界とやらが張れているのかすら分からないので、そちらの解明を優先して欲しい。