2話:自由と安全の二択

03.馬代わりの謎生物とドラゴン


「――で、そろそろ儂の事を紹介してもいいか?」

 微妙な空気に包まれる中、不意にそう溢したのは窓枠に腰掛けている彼だった。最早、誰の許可も得ること無く勝手にペラペラと話し始める。ずっと何か言いたくてうずうずしていたのがありありと伺えた。

「第一部隊隊長、イングヴァルだ! 壱花、お前とは昨日会ったが――まあ、どこで会ったかは分からんだろう? な?」
「……はあ、分からないです」

 団長・オルグレンとは裏腹に隊長を名乗ったイングヴァルは非常に人懐こいイメージがある。話を聞いているこちらが身を引いてしまう程にぐいぐいと迫って来るのだ。案の定、歯切れの悪い壱花の返答など聞こえなかったかのようなテンションで勝手に説明を始める。

「昨日、お前を乗せて飛んだのは儂だぞ!」
「……あ。ああ、あのドラゴン……」
「……なんぞ、もっと新鮮な反応は出来ぬのか? 誇り高き竜族、と言えば伝承種であるぞ! 一人間なぞ、目にする機会もそうそう無いと言うのに。まったく」
「でん? 何ですか?」
「ううむ。昨今の若い連中はあまり物を知らぬのだな」

 竜が人の姿をしているのか、それとも人が竜の姿になるのか。鶏が先か卵が先かのようで釈然としない気持ちだ。が、所詮は夢だしふわふわした理解で良いかなと口を閉ざした。オルグレンの反応が微妙だったので若干怖くなったのもある。

 壱花の反応が薄い事にブーイングを漏らしていたイングヴァルを無視。互いの顔合わせが終わったと思ったのか、オルグレンが話の路線を引き戻す。

「今後の事について、君に説明する必要があるな。壱花」
「えっ、あ、ああ、はい」
「何故君は私が話すと緊張するんだ?」

 ――ええー、それを私に聞いちゃう?
 そう思った事を素直に口に出していいのか逡巡していると、思わぬ所から助け船が出た。勿論、クラウスではない。彼の隣に立ち、ことの成り行きを見守っていたアナベラだ。

「団長。笑顔が足りないのではないでしょうか。壱花が恐がっていますよ」
「そうだったか。すまない、私は面白味の無い男でね。怒っている訳では無いし、君の発言に目くじらを立てる事も無い。安心してくれ。で、話を戻すが。既に連絡されている通り、君には身体能力の技能テストを受けて貰わなければならない。どの程度の力を持っているのか、私達側で把握する必要がある。理解して欲しい」
「分かりました……」
「あと、誰かに聞いたかもしれないが……。この部門は慢性的に人手不足だ。力があるのならば君を勧誘する事も辞さない。少し考えておいてくれ」
「はい」
「では、場所を移動するとしよう。アナベラ、最初はどこだ?」

 問われたアナベラは、いつの間にかその手にバインダーのようなものを持っていた。頼り甲斐のある笑みを浮かべると、上司の問いに正確な答えを返す。

「トレーニングルームの2階、多目的室です」
「承知した」

 すいません、とクラウスが小さな声で不意に口を開く。団長サマの青い双眸が向けられた。

「僕も同行するのでしょうか」
「ああ。ダリアに来て貰っても良かったが、君が面倒を見ているのだろう? 壱花の。それに、場合に寄っては追加の任務を言い渡すつもりでいる。同行してくれ」
「……はい」

 ***

 どこをどう通ったか分からない。ただ、一つだけ言える事がある。
 『財団』という如何にも金を持ってそうな組織なだけに、所有施設の面積がかなり広い。分かり易く例えると、広い遊園地のように広大な敷地がある。それは即ち、移動にもかなりの時間が掛かるという事だ。

「何だろ、この生き物……」

 馬に着けるような鞍。しかし、乗っているこの生物は明らかに馬とは異なる生き物だった。のっしのっしと歩く、どちらかと言えば恐竜のような生物。穏やかな性質なのだろか、人間を2人も乗せているが抵抗するつもりは無いらしい。
 自分をこの生き物に乗せてくれたクラウスに説明を仰ごうかと思ったが、彼は彼で上の空のようなので沈黙を守った。

 しかし、クラウスではなく隊長殿は次から次に言葉を吐き出してくる。主に壱花へ向かって。

「どうだ、乗り心地は? 空を飛べる分、儂の方が良いだろう? ん?」
「別にどっちでも……。あ、冬は暖かそうですよね」
「あっはっは! 竜族で暖を取ろうとする、お前のような猛者は久しく見ぬが、無知とは恐ろしいものだな!!」

 ――ディスられているのか、誉められているのか。
 判断が出来なかったので曖昧に笑みを返したら、更に爆笑された。もうヤダこいつ。

 色々な建物の前を通り過ぎたが、不意にクラウスが謎生物の手綱を引いてその場に停止させた。鞍から地面まで結構な高さがあったが、ひらりと身軽な動物のように地面へ降り立った彼が手を伸ばしてくる。

「壱花ちゃん、掴まって。危ないから、あまり暴れないでね」
「何だかクラウスさん、小さい子供の面倒を見ている父親みたいですね」
「えっ、そ、そうかな……。そういうつもりはまるで無いんだけど」

 何を狼狽えているのか。彼のビビリポイントと恐怖ポイントは謎に満ち満ちている。老けているね、と言われたように感じたのだろうか。言葉って難しい。
 最早、猫を抱っこする要領で地面へ下ろして貰った。何というか、今分かっている中でイングヴァルは人間では無いらしいし、アナベラも魔女だと明言していたが――彼もそうなのかもしれない。

 と、そこまで考えてどこの小説アニメ世界だと笑った。最近、こういうストーリーの創作物を読んだり観たりしただろうか。随分と夢にそれらしさが反映されている気がしてならない。