2話:自由と安全の二択

01.乱入事件


 ふかふかのベッド、どことなく新品の香り漂う家具に囲まれ熟睡していた桐生壱花は、乱暴にドアを叩く音で目を醒ました。
 いい加減、見慣れた天上を拝めると思ったが風景は便宜上、昨日のまま。そして、ノックにしては些か乱暴過ぎる音が今もなお続いている。ぐぐっと背伸びをした壱花は、早朝からの騒音被害に顔をしかめた。

「はーい……。誰ですかー」
「ぼ、僕だよ、僕! クラウスだ! いつまで寝ているんだい、遅刻するから、早く起きて!!」
「……ああ。すいません」

 ――そういえば、何時に起きろとか聞いてなかったなあ。
 いまいち生活スタイルが雑だ。夢なのできっちりしていても無意味というのもあるが。ともあれ、このままクラウスを待たせるのは失礼にあたる。早く着替えて顔を見せなければ。

 その後、手早く15分で支度を終えた壱花は朝一で既に憔悴しきったクラウスと対面した。

「お、遅くなってすいません」
「いや、僕も君に今日の事を伝えていなかったからね……」
「でも周りの部屋の人達に迷惑じゃないですか? あんなにドアをどんどん叩いて」
「ああ、それなら大丈夫。このフロアは実質、全部が君のものだよ。だって、一級保護種なんてほとんど居ないからね」
「わーお、豪華!」
「脳天気さが羨ましいよ。とにかく、朝食を摂らないとね。昨日、君が急に転がり込んで来たから、まだ部屋まで食事を運んであげられる余裕が無いんだ。ごめんよ」
「そうなんですか? でも、ご飯くらい自分で食べに行きますけど」
「君はあまり自由が認められていないから。食事を摂りに移動するのも何かと面倒だと思うよ」

 ――それってほぼ監禁なのでは?
 そう思いはしたが、施設の職員らしいクラウスにそれを訴えるのは気まずいので控えた。

 移動する事5分。何て遠いんだと思いつつも食堂に到着した。食堂、と銘打たれているのに人の姿が全く見当たらない。人手不足で皆出払っているのだろうか。それにしても、食堂の従業員も居ないように見えるが。

「え、誰も居ないんですけど」
「今はもう10時半だからね。本当なら食堂は昼準備の為に閉め切られているんだよ」
「それって私達も邪魔って事になりませんか」
「君は他の人達の目に触れちゃいけない存在だから、丁度良いよ。団長が、君に食事を摂らせる為に食堂の人達を一時撤退させてくれているんだ」
「えぇ……? 私一人の為に? 随分ですね」
「そうだよね。居心地が悪いかもしれないけれど、君の処遇が決まるまでは我慢して欲しい」

 そう言いながら、クラウスは食堂のカウンター内部に入り込み、ラップが掛けてあった皿を渡してきた。標準的な洋食のモーニング。バターブレットにスクランブルエッグ、ハムなどが綺麗に並べられている。
 クラウスもまた皿のもう一つを取ると手近なテーブルに腰掛けた。

「えぇっと、ダリアさんから外出について何か聞いたかな?」
「いいえ、聞いていません」
「あ、そうなんだ……。その、凄く言いにくい事なんだけど、君は一人で保護区から外へ出るのが禁止されているんだ。どこかへ行きたい時は僕か誰かに声を掛けてくれないかな」
「はぁ……まあ、分かりました」

 ――訂正、その話は昨日聞いたかもしれない。
 というか、第一級保護種とかってどういう意味なのだろうか。二級とか三級もあるのかもしれない。

「あの、クラウスさん――」

 ガタン、と盛大な音がして締め切られているはずの食堂ドアが開いた。ぎょっとした顔のクラウスが何故か唐突に立ち上がる。

「ハロー! あたしも遅めの朝食を摂りに来たわよ!」

 ふらっと現れたのは女性だった。
 クラウスと似たような制服を着用。軽くウェイブの掛かった金髪にエメラルドグリーンの瞳をした、豊満な体つきの大人の女性といった体だ。ダリアとはベクトルの違う美人と言えるだろう。

 引き攣った顔をしたクラウスは困惑した声音を隠しもせず、唐突に現れた彼女へと疑問をぶつけた。

「あ、アナベラさん……!? どうしてここに? あと、朝食は僕と壱花ちゃんの分しか無いですけど」
「相変わらず質問の多い子ねぇ、クラウス。あたしがここに居るのはイングヴァルから新入りの情報を聞いたから。で、あたしの朝ご飯はこれ。サンドイッチ」
「購買の……。いやそうじゃなくて、何故、隊長に彼女の情報を聞いてここへ来たのかを聞いているんですけど」
「楽しそうでしょ?」
「いいや、全然……」

 サンドイッチを片手に持った彼女――アナベラは椅子を引っ張ってくると壱花の隣に座った。完全にここで食べて行く気満々である。

「初めまして、壱花ちゃん。あたしはアナベラ・ルーズヴェルト。魔女よ」
「え? あ、はあ。桐生壱花です、神サマらしいです」
「良いじゃない、ノリが良い子は嫌いじゃないわよ」

 紙の包みからサンドイッチを取り出したアナベラは満足そうにそれを口に含んでいる。一方で、彼女の出現により食べる手が完全に止まったクラウスは未だに当惑の表情を浮かべていた。

「ああ、僕の責任になったらどうしよう……」
「そういえば壱花は第一級保護種なんだったかしら? そうねえ、あたしじゃなく、別部隊の子と鉢合わせていたらお叱りを受けていたでしょうね。けれど、どのみちあたしは能力試験に試験管として参加するし、問題無いわよ」
「問題しか無いですよ……。自由人過ぎます、アナベラさん」
「あんたは頭が堅すぎるのよ。もっと大らかに生きなさいな、まだ若いんだから」