1話:イキガミ様

07.ダリアからの連絡事項


 ***

 意識が浮上する。目蓋を開けて一番に見えたのは白い清潔そうな天上だった。壱花の部屋の天井は紺色の壁紙が貼られているので、白い天上が見えるのには違和感しか覚え無い。
 ゆっくりと身体を起こす。部屋の様相も、自室のそれとは全く異なっていた。知らない家具、置いた覚えの無い諸々の生活道具達。

 ぐるりと見回すとベッドサイドに水差しとコップが置かれていた。水差しには冷たい水が入っているようで、結露が見て取れる。試しに振ってみると水の揺れる感覚と、氷が入っているカランカランという音が聞こえた。
 喉が渇いていたので誰のものなのかは知らないが拝借。コップに注いで一気に煽る、本当に冷たい。今さっき用意されたかのようだ。

 コンコン、とノックの音。返事をしようか迷ったが、無視するのも失礼だと思って「はーい」、という気の抜けた返事をした。

「邪魔をする」
「……えーっと、ダリアさん」
「ああ」

 まだ同じ夢が続いていたのか。
 さっきの夢に出て来た人物がそのまま現れたので漠然とそう思った。ボンヤリしていると意識が混濁していると勘違いされたらしく、ダリアが顔を覗き込んでくる。

「起きているのか? まだ眠たいのなら、後でまた来るが」
「いえ、別に……。え? ここは? 生き神サマとやらの件はどうなりましたか?」
「生き神? 正確には逝き神だ。意味が変わるから、間違え無い方が良い」

 ――純粋にゾッとした。
 確かにどちらも『イキガミ』で相違ないが、ダリアの弁であれば何故あの儀式の最後に神の器を破壊する事になるのか、辻褄が合うからだ。
 何となく薄ら寒いものを感じている間にも、ダリアは言葉を続ける。

「ここはフラリス財団、保護区の一角だ。君は便宜上、第一級保護種に分類される為、それなりの設備が整った部屋に配置されている。この区画には必ず戦闘員が数名配置されているから、何かあれば声を掛けると良い」
「えぇっと、何で私はここに居るんでしたっけ?」
「君は輸送中に眠ってしまったので、説明もせずに割当てられた部屋に運んだ」
「……ああ」
「気にしなくて良い。むしろ、これまでよく持ち堪えた方だと思う」

 所詮は夢なので、覚めると思って意識を落としたがまだまだ夢の続きを視る事が出来るらしい。なかなかに趣向の凝った夢なので、朝が来るまでは楽しむのもありだろう。結局は壱花自身の見せる、妄想に過ぎないのだが。

「それで、明日からの連絡をしても良いだろうか」
「あ、お願いします」
「君には身体能力試験を受けて貰わなければならない。私から詳しくは説明しないが、何か難しい事を要求する訳では無いので安心して。ただし、君の人生を左右するものにはなると思う」
「と言うと?」
「保護区での生活は快適ではあるが、自由があるとは言えない。けれど、ここから出て私のように仕事をするのであれば相応の覚悟がいる。君にはそれを決める権利があるのかもしれない」
「曖昧ですね、何だか……」
「私は君じゃないからね。テストは団長と隊長の監督下で行われる。私は居ないが、クラウスは着くはずだから緊張はしなくていい」

 それと、とここで初めてダリアは懐からメモ帳を取り出した。何か情報が書いてあるのだろう、それにさっと目を通す。

「ここには君の他にシノザキ・トオルという似た境遇の人間がいる。名前がどうにも似ているようなので、多分同じ場所から来たのではないかと団長がそう判断した」
「まあ、居そうな名前ですね。現代日本に」
「彼からは聞かれたので、君にも聞かれる前に同じ答えを。現状、君達が故郷へ帰る術は無い。彼は出身地の希有さから二級保護区にいるが、会いには行かないで欲しい。帰る方法が分かれば教えるが、期待はしない事」

 突き放すような一言ではあったが、特に気にはならなかった。その『彼』とやらは自分にとって何なのか不明だが、夢ならば覚めようと思えば覚める事が出来る訳であるし。むしろ、明日のドキドキイベントの前に朝が来て目が覚めてしまう事の方が心配だ。

「君の世話はクラウスが見る事になっている。呼べば来るので、入り用であればこき使って構わない」
「はあ、了解です」
「では、私は職務に戻る。区画から出る時には誰かに声を掛けて。ブザーが鳴って、人が来てしまわないように」

 それだけ言うと、ダリアは踵を返して部屋から出ていった。時計を見れば深夜2時。今から彼女は何の仕事をすると言うのだろうか。