1話:イキガミ様

06.再会


「背に乗せて下さい」

 震える声でクラウスがそう言った。勿論、羽の生えた爬虫類ことドラゴンにだ。言葉は通じるのか、とそう思ったがどうやら彼の言葉を理解しているらしい。人間が乗り込みやすいように、それは身を屈めた。
 あまりにも現実味の無い光景に、最早謎の感嘆すら漏れる。
 鱗はどんな手触りがするのだろうか? 吐き出す息が熱風のように熱いのは何故? 人の言葉はどこまで理解出来る? 疑問が次から次に湧き上がってくる。しかし、それを問い掛ける度胸は残念ながら無かった。
 あまりにも神聖な生き物のように見えたからかもしれない。如何に自分の夢とはいえ、犯してはいけない領分があるように思えたのだ。

「こっちだよ、壱花ちゃん。恐いかもしれないけれど、大丈夫。彼は理性的だから」
「彼……というか、えーっとダリアさん? は良いんですか」

 ドラゴンの背に乗れ、という意だろう。手を伸ばしてきたクラウスに引き上げられ、硬い鱗の上に足を乗せる。じんわりと暖かさが足の裏に満ちてきた。このドラゴンとやらはかなりの体温なのではないだろうか。

「ダリアさんは……ちゃんとこの場所を知っているから、そろそろ来るんじゃないのかな」
「迎えに行けばいいじゃないですか。あ、私も行きましょうか?」
「どうして君を逃がす為に、こんなに苦労したのに……君を連れて、またあの場に戻らなきゃいけないんだい?」
「何だか怯えているようだったので」
「君は落ち着き過ぎているよね。どうなんだろう……中身もカミサマなのかな……」

 ――いや、中身はただの女子高生だけど。
 と言ってしまうのは簡単だが、何となくの流れで黙る。
 妙な沈黙が場に満ちた事で、地面を踏みしめるザクザクとした足音が耳朶を打った。誰かが歩いて来ているようだ。

「ダリアさんだね」
「足音だけでよく判断出来ますね……」
「ああ、いや。目と耳は良いんだ、君が想像しているよりも、ずっとね」

 程なくして、クラウスの言う通りダリアがふらりと現れた。最後に別れた時のまま、怪我をしている様子も無い。
 そんな彼女は、壱花を視界に入れると深く頷いた。

「上手く逃がしたようだな。私達も撤退しよう。村人は巻いて来たが、いつまた追って来るか分からない」
「えぇっ!? ま、まだ追って来ますか……!?」
「その前に離脱してしまえば、追って来ようと関係無いな。すまない、背に乗せてくれ」

 ダリアがそう言うと、姿勢を正していたドラゴンはその身を再び屈めた。それにしても、随分この空を飛べる爬虫類に対して人に話し掛けるように話す。無礼を働くと気を悪くしたり、意志の疎通が可能なのだろうか。

 身軽に背に飛び乗ったダリアは、もう一度だけ今居る人員を確認した。

「全員居るな」
「前……僕の事を忘れて行きましたもんね、ダリアさん」
「お前は自己主張が控え目過ぎる。乗っていないのなら、そう言えば良かったのに。全員乗っている、出してくれ」

 グルル、と呻ったドラゴンの薄い羽がゆっくりと開かれる。胴体に対して小さな羽だと思っていたが、広げてみるとそこそこの大きさがあった。
 これってどうやって飛び上がるのだろうか――

 そんな疑問が脳裏を掠めた瞬間、隣に乗ってきたダリアから身体をぐっと固定された。瞬間掛かる、上へ行くエレベーターに乗っている時のような感覚。若干の気持ち悪さを覚えながらも、ダリアにしっかりと掴まった。うっかり振り落とされては適わない。

 ある程度空へ飛び上がると少しだけ身体の力が抜けた。上空から見える例のトウジン村は松明の光が揺らめいている。
 ――何だか少し眠くなってきた。
 この長いようで短かった夢が終わるのだろう。なかなかに趣深い夢だったが、明日も学校だ。浅い眠りだと疲れが取れないので、この辺りで夢は終わりにした方が良い。

 大あくびをした壱花はゆっくりと目蓋を下ろした。