1話:イキガミ様

03.人間の器


 ***

 宴もたけなわ、宴会開始時より人が減って静かになってきた。というか、片付け作業が始まりつつあるのだろう。また、地面には酔い潰れて大いびきを掻いて寝ている者も居る。

「ねえ、君」
「え? 私ですか?」
「うん、そうだよ」

 不意に話し掛けられた。振り返ってみれば電信柱ばりに背の高い青年が立っている。優しげな印象はあるものの、それ以外に特筆すべき点の無い人物だ。敢えて何かに例えるなら、高校で同じクラスになった留学生の少年に顔が若干似ているくらいか。
 端的に言えば、この造形はアジア人系ではないだろう。留学生の彼が夢に反映されたと考えるべきだ。

「あの、えーっと、ちょっと着いて来て欲しい所があるんだ」
「ええ?」

 非常に怪しい。まるで誘拐犯のような、不明瞭で形の無い要求。知らない人には着いて行っちゃ駄目だ、という母の教えがリフレインした。もう何年も前の話なのに。
 不審者でも視るような目をしていたのだろう。青年が慌てて弁解するように両手を振って、小さく手を挙げた。

「い、いや。僕は別に怪しい奴とかじゃなくて……。うーん、ここでは詳しく説明出来ないんだけど、本当に着いて来て欲しいんだ」

 返事に窮した。
 着いて行かない、と言う事は簡単だ。それに現実ならこんな怪しい男にノコノコ着いて行くことは無い。絶対に。
 しかし――これは視ている夢に他ならないのだ。
 ならば、少しばかり冒険してみるのも面白いかもしれない。恐ろしい事が起こっても、所詮は夢。覚めてしまえばそれまでだ。

「ふーん、分かりました! 行きましょう!」
「え、どうしたんだい、急に……。いや助かるけど、僕はちょっと君の事が心配になってきたよ」

 ――面倒臭い人だな、そっちが付いて来いって言ったんじゃん。
 という言葉は流石に呑み込んだ。

 こっちだよ、と声を掛ける青年は前を歩いている。彼は知れば知る程に不審者そのものだった。村の人達の視線を避けているのだろう、ジグザグで変な道筋。絶え間なく周囲を警戒する空気。
 それを眺めつつ考察する。多分、彼は村の人ではないのだろう。そうでなければ、ここまで警戒したりはしないはずだ。

 辿り着いた先は、村の外れだった。もう一歩踏み出せば雑木林の中に突っ込んでしまう事だろう。
 青年が何も無い、木があるだけの空間にヒソヒソと声を掛ける。

「連れて来ましたよ……!」

 誰に言っているんだと思ったが、音も無くスウッと女性が出て来たので彼女に話し掛けていたのだと合点がいった。
 鳶色のセミロング、同じ色の双眸。非常にストイックなイメージのある女性だ。彼女は壱花を一瞥すると、青年に確認するよう尋ねた。

「ご苦労。彼女が?」
「はい、『イキガミ』です」
「そう。私はダリア、彼はクラウス。とにかく時間があまり無いから、君に幾つか訊きたい事がある。正直に答えて欲しい」

 そう言うとダリアと名乗った彼女は僅かに身を屈めた。女性にしては高身長だった彼女は、恐らく自分の為に目線を合わせてくれたのだろう。

「君は本当にイキガミだろうか? 村の大人達に、そう名乗るように唆された訳ではないのだよね?」
「え? いや、イキガミってそもそも何ですか?」
「……君は自分がどこから来たのか分かっているの?」
「分かっています」

 ――これが良く出来た夢の世界だって事も。
 と、心中で付け加える。ただ夢を視ているだけだと思っていたら、とんだストーリーが始まろうとしている予感に胸を高鳴らせながら。

「では、財団の事も分かるだろうか。私達は君を保護しに来たのだが」
「財団? お金持ってそうですよね」

 頓珍漢な答えだったのだろう。ダリアとクラウスが目を見合わせた。しかし、彼女は淡々と『財団』とやらについて説明する。

「財団――フラリス財団は世界に1個体しかいないような、珍しい種を保護する組織だ。君はこの村で発生した『イキガミ』という固有種なので我々が保護をしに来た」
「保護?」

 そうだよ、と沈痛な面持ちでクラウス青年は頷いた。片手で頭を押さえている。頭痛持ちなのだろうか。

「君はこの祭の最後に殺されてしまうんだよ。その様子じゃ、何も分かっていないようだけれど」
「殺される……」

 穏やかじゃない話になってきたな、どこか他人事のようにボンヤリと考える。
 しかし、そんな物騒な話になりつつも、どこかハッキリとした口調でダリアが現状を述べる。淡々と。

「ここはエウデア王国のトウジン村。年に一度、災厄を払う祭を催す村だ。毎回、イキガミとやらを召喚しようとしていたようだが、失敗している。尤も、今年は成功しているようだけれど」
「そうですね……。ああ、こんな血生臭い人間の催し物に喚ばれて、君も不運だったね」
「いや何で神様を簡単に殺そうとするんですか」

 イキガミ=壱花であるはずなのに、何故最後に殺される事になるのか。という意の問いは正確にダリアへと伝わったようだ。一つ頷くと、彼女はやはり正確無比な答えを寄越す。

「祭の手順に問題がある。まず、『カミサマ』を人の器に下ろす事から始まる祭で、人の器に下ろした神を宴会で持て成し、最後には天上へと還って頂くのが祭の手順だ。最後、神を還す段階で人の器は不要な足枷となってしまうので、器にされた人間は殺害される」