1話:イキガミ様

04.逃亡劇


 ――まずい、私の夢なのに理解が追い付かなくなってきた。
 そんな思考回路が矮小な壱花の出した答えは以下の通りである。

「えっと? つまり、私が神って事なんですよね?」
「そう」

 あまりにも馬鹿っぽい質問だったが、ダリアは特に馬鹿にすること無く全面的に肯定の意を示した。当然のように肯定され、一瞬だけ思考が止まる。おかしいだろ、と思う隙さえ無かった。
 そして、更に二段構えという完璧な畳み掛け。思考回路の回復が終了する前に、どこかヒステリックにクラウス青年が割り込んでくる。

「だから、僕達に着いて来てくれ! ここから逃げるんだ! 君も、死にたくはないだろう?」
「えっ、いやまあ。死にたくは、無いです」
「何か他人事だね!?」

 展開としては面白くなってきた。勿論、ここで村に残るなんて面白味の無い選択をするつもりは毛頭無い。この選択は、『財団』とやらに着いて行った方が良いに決まっている。

「私、ここから逃げます!」
「そ、そうだよね。死にたくはないからね。ダリアさん、同意も得られたし僕達も撤退しましょう……!」
「そう簡単にはいかないようだ」

 腕を組んでいたダリアが、ゆるりとその腕を解く。彼女の視線の先にはぞろぞろと現れた村人達がいた。
 しかし、その様相は狂気そのものだ。皆が皆、手には包丁や鎌、鍬、角材などを持って、明らかに殺意を滲ませている。先程まですっかり忘れていた、言い知れない恐怖が徐々に甦ってきた。

 ダリアが慌てず騒がず、群がって来た人間を睥睨している。

「一応は祭、という事か。我々が何かアクションを起こすまでは黙っているつもりだったようだな」
「ええっ!? じゃあ、僕が彼女を連れ出した事は……」
「知られていたんだろう」

 自信満々、とは言わないが周囲をしっかり確認しながら壱花をここまで連れてきたクラウス。目に見えて分かる程、落ち込んでいるようだ。ゲンナリとした顔をしている。

 そんな折、今まで壱花を介護よろしくずっと世話をしていたあの美女がふらりと前へ出て来る。その美貌は歪み、醜悪な人間の本質を物語るようにしかめられていた。とても同一人物だとは思えない。

「我々の神を返しなさい!! 神への無礼、ただではすみませんよ!!」
「その神とやらが、私達の保護を受け入れると言った。返す事は出来ない。抵抗するのなら、こちらも相応の処置を執る」

 と言いつつも徒手空拳のダリアはこちらも見ず、手を払った。あっちへ行け、と言っているようにも取れる。

「行こう。ダリアさんを早く回収する為にも、君は脱出ポイントまで行かなきゃいけない……!」
「ええ? いや、置いて行って良いんですか? なんか、とっても殺人事件が起きそうな空気が醸し出されてますけど」
「そんな事、君は気にしている場合じゃないと思うけど。大丈夫だよ、僕達は原則ただの村人である彼等を殺したり出来ないんだ」

 ――いや、心配のベクトルが違うだろ。
 そっちではなく、孤軍奮闘しているダリアが危ないのでは、という意味だったのだが。しかもクラウスがかなり怯え性なので逃げ出したいが為に彼女を放置しているのか、それとも本当にプランがあるのかも分からない。

 心配とか、そういう話では無かった。
 会話は終了したと言わんばかりに思いきり腕を引かれる。それは、気弱な青年からは想像も出来ない腕力だった。足を動かしていないにも関わらず、片手で引き摺られる。その当本人は女の子をズルズル引き摺っている事にまるで頓着していないようだった。

 背後から待て、だの、行くな、だのの声が聞こえて来るが全てを無視。最早どこへ向かっているのかも定かではないまま、ただクラウスに引き摺られる。

「……あっ!」

 その電信柱の足が唐突に止まった。彼の背中へ盛大に顔をぶつけたが、リアクションは無い。何か言えよ、何か。
 何故急に立ち止まったのか、その答えはすぐに判明した。
 ダリアが相手にしているのとは別の村人たちが、数名立ち塞がっていたのだ。

「うわぁ、どうしましょうか……」
「どうって、巻けないのなら、戦うしかないだろうね」

 心底憂鬱そうにクラウスはぽつりと呟いた。問いに答えていると言うより、自分自身に言い聞かせているようなニュアンスだ。
 そんな、全く頼り甲斐の無い気弱そうな青年に対し、強面の村人が一歩躙り寄って声を上げる。声の大きな人間は恐いというが、その村人には相応の迫力があったと言えるだろう。

「返せッ! 我々の神を今すぐに返せッ!!」
「ひぃっ……!」

 怯えるようにクラウスが一歩下がった。危うくもう一度ぶつかりそうになり、寸前で回避する。

「だ、大丈夫ですか?」
「ううん……。ああ、嫌だなあ。うっかりで殺してしまったらどうしよう……。僕のせいで、ただの村人を殺してしまったら……」
「いや、そっち!?」

 さっきから絶妙に憂鬱さのベクトルがおかしい。
 このままでは村人サイドに逆戻りさせられかねない。意を決して、一番最初のなんちゃって超能力事件を思い返す。そう、これは自分の夢なのだから、イメージが出来る事に関しては上手くコントロール出来るはず。