04.クリタ島再上陸
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数十時間後、イオとクライドの2人は再びクリタ島の大地を踏みしめていた。クライドはどう思っているのか知らないが、イオにしてみれば気が重い事この上無い。この間の船探索は結構楽しかったのだが、今回は暴力の権化とも言えるディグレにまた会わなければならないのだ。
実際のところ、現代日本にいても嫌煙してしまう暴力的な人物。どうしても彼とは馬が合いそうにない。
そして、毎回面倒事に遭遇する『聖異物』などという意味不明なものを封じ込めたこの祠周辺というのも落ち着かない。
何かの事故でその聖異物が野に放たれた場合、最初に被害を受けるのは間違いなく自分達だ。危険な所には極力近寄りたく無いので、最早この祠周辺にいるだけで胃痛がしてくる。
「ねえ、クライド。今回はあのディグレっていう暴力……お兄さん? に、もう一度会って――って話だったよね」
「そうですね。詳しく聞きたい事がありますから」
「具体的にはどうやって情報を聞き出すの? 今までの態度からして無理じゃない? 何も考え無しにここまで来ちゃったけど」
「うーん、どうにか俺達が不審者ではない事を証明出来ればお話出来る人だとは思うんですけどね……。まあ、一連の騒動の黒幕で無ければ、の話になりますが」
「そこから既に可笑しいじゃん。その黒幕、って言うのだったら問答無用で私達の事を殺しに掛かってくるかもよ? 危ないって、一度戻ろう?」
「大丈夫です! 最悪の事態に陥ったとしても、イオさんはきちんと庭園に送り返しますから!!」
「そういう後味の悪い事にならないように、って言ってるんだよ!?」
駄目だ、クライドにとってはクロノスの言葉が絶対。テクスチャを貼っている間、2人で何の方針を打ち立てたのかは知らないがこちらの話を聞く気は微塵も無いようだ。困ったものである。
そもそも、のんびりお話していられる状況なのか? この間ディグレが現れた時、全然反応できなかったし気配も感じなかった。やはり獣的な存在なのか、背後にネコがいた時のようなドッキリ具合だったのだから、注意していようと接近に気付けない可能性が高い。
そう考えたら急に不安になってきた。目一杯、不安です、という顔をしたイオは堪らずクライドに訊ねる。自分の感覚より、彼の感覚の方が鋭いと見込んでだ。
「ね、ねえ。まさかとは思うけど、例のあの人……もうこの場にいたりはしないよね?」
「え、恐い事を言わないで下さいよ。……誰も居ないと思いますけど……」
「不安! ハッキリしてよ!!」
「お、落ち着いて……!!」
落ち着いて、と言いつつもクライドは楽しげにクスクスと笑っている。今の出来事が彼にとって何らか面白いことであったのは分かったが、今の会話のどの辺の要素が彼にとって面白いものであったのかは不明だ。
「何笑ってるのさ……」
「いえ、何だかこうやって誰かと協力したり、賑やかなのは久しぶりだと思って。人がいるのは案外良いものですね」
「それはどうも」
一瞬、クライドなりの高度な皮肉かとも思ったが至極真面目にそう言っているようなので誉め言葉として受け取る。もう何だか、彼が楽し気なら何でも良い気さえしてきたからだ。
「なんだかんだ、人は一人じゃ生きてはいけないものですね」
「まあ? ロボ族とやらは知らないけれど、人間は基本的に集団生活を送るものだからね。自然の摂理ってやつだね!」
「そうですね。俺も昔は数名の仲間と一緒に行動していましたよ、裏切られてしまいましたけど」
「裏切った?」
であれば、今のクライドを形作っているのはその裏切りの過去で間違いないだろう。勝手に彼が話し始めたので止める暇はなかったが、これ以上クライドと接するにあたり要らないプレッシャーを感じたくない。話を聞くということは、その人物の地雷を踏まないように配慮してあげる必要が出てくるということ。
何せ、過去の嫌な経験を人に話す時というのは大まかに分けて2つの意味を持つ。
1つ、今話した事を元にして、私が不快になるような事は絶対にするな。
1つ、共感性。私はこんなにも辛い経験をした。あなたも辛いと思うだろうという共感を求めている。
つまり、今からクライドが話す事を同僚であるイオ自身は心して聞く必要がある。聞き逃せば信頼を損ない、下手をすれば一生恨まれるという面倒極まりない事態に陥る事だろう。
現代の高校生活を無難に生き延びてきたイオの見解は非常に合理性に富んだ処世術でしかなかった。