4話 聖異物抹殺派

05.クライド語り


 そんな風に警戒している事など露知らない様子で、自嘲めいた表情を浮かべながら饒舌にクライドは語る。一人を寂しいと思う人間性をきちんと持っているようなので、やはり聞いてあげた方が後々、色々なトラブルを躱す事が出来そうだ。
 腹を括って聞いていると意思表示すべく、イオはそれなりに確信めいた相槌を打つ。相槌のコツは今し方話し手が使っていた言葉を用いて質問を返す事だ。質問とはそれ即ち相手の話に興味を持っている事を端的に伝える事が出来る。下手な感想より効果的だ。

「どんな風に裏切られたの? 話し振りからして、かなり手酷くやられた感じはあるけれど」
「そうですね……話が長くなりすぎるので、詳細は省きますが、敵に売られました」
「なかなかハードコアな人生送ってるよね、クライド」

 そもそも人生において明確な敵などいない、平和な現代社会に生きてきた。イジメの標的にでもならない限り、生きる空間に分かりやすい敵など居た事が無い。それなりに学校という共同体の中で目立たず生きてきたイオにとってみれば、未知の世界そのものだった。

「その後、クロノス様に拾われて今に至ります」
「あー、そういう感じのアレなんだね。2人って」

 首を突っ込むには根が深すぎるので、聞いた話を理解している、という顔だけしておく。正直、平和な世界に生きてきた身としては下手な言葉など掛けられない。

「でも、何だかイオさんはそういう事とは無縁のような気がします」
「え、なぜ……?」
「何と言うか、人畜無害感? 加えて、謎の安心感があるというか。神子だから、やはりそのへんの神聖さというのは持っているんでしょうか?」
「いいや、そういうオプションがあるとは聞いた事が無いけど」
「俺、イオさんとはまるで他人のような気がしません! 最近、テクスチャがはっきりしてきて、余計にそう思うようになりました!」
「多分気のせいだと思う……」

 ***

 張り込みを始めて1時間程が経過した。いつもならすぐに現れるディグレだったが、この日ばかりは大遅刻である。しかし、待ち続けるのは功を奏したようだった。
 ふらり、とまるで友にでも会うかのような気安さ、そして脈絡の無さで渦中の人物であるディグレが姿を見せたのだ。

 当然、イオ達はそれぞれ身を隠していたのでこちらが発見する前に襲撃されるというアホな事にはならなかったが。
 散歩でもしていたのだろうか、たった一人、他に誰も共を付けずに歩いていたディグレの歩みがピタリと止まる。と、その眉間に深い皺が刻まれた。

「――おい、誰かいるだろ。隠れてないで出て来やがれ」

 流石は野生動物に近い存在。しっかり息を潜めていたはずなのだが、あっさり看破される。しかし、バレたからと言って素直に出て行っていいものか。少し離れた所に身を隠しているクライドへ視線を送る。
 彼はイオよりずっと潔かった。気付かれている、という事に気付いた瞬間には茂みの中から立ち上がり悪びれもせず生真面目そうな顔をディグレの眼前へと晒す。

「どうも」
「またお前等か……」
「少し、お話し合いをしようかと思って――」
「必要ねぇな。お前等、あの余所者の船に出入りしてたろ」
「何故それを知って……。やはり、あなたも」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ! 何が話し合いだ、コソコソしやがって!」

 ――これはどう見たって話し合いで何かが解決する空気ではないのでは!?
 心中で叫び、クライドの指示を待つ。彼は小さく「撤退します」、と口にした。何しに来たんだ、今日は。

 釈然としない気持ちにはなるものの、彼の意見そのものには賛成だ。慌ててその場から飛び出したイオは、どうやってクライドを連れ撤退しようか思案する。

 ――と、クライドが急に踵を返してこちらへ走って来た。急な事だったので、反応が一瞬遅れる。その間に同僚から手を取られた。

「一瞬でもいい、アイツの視界に入らない場所へ! 飛んで下さい!!」
「え、あ? りょ、了解!」

 恐らくはテレポート能力の事を差している――生命の危機により、いち早く彼の言わんとする事の意味を悟ったイオは、最早クライドに引き摺られるようにして走りながら能力を使用した。